「友達」の定義を問う

 キスしないと出られない部屋 |雄英時代・自覚後

「…あの」
「爆豪くん」
「無視しないで」
「るっせぇ黙ってろや!」
さっきから爆ギレの爆豪くんと、開かない扉と、「キスしないと出られない部屋、出たら全部忘れるから安心設計」と書かれた紙と、私。四角い部屋にあるのはそれだけだった。状況を整理するまでもなく、それしかなった。冗談でしょ、そうだって言ってよ。
ヴィランの個性が分からないから慎重に行動しろなんて口酸っぱく言われても、対処できる範囲ってものがある。離れたところに居たはずの爆豪くんと私がこんなところに閉じ込められたのも分からないし、この条件も意味がわからない。夢なら早く覚めて欲しかった。
「あのさ、やっぱしないと出られないんじゃ…」
「するわけねーだろ!黙ってろブス!!」
爆豪くんはさっきからずっとこの調子だ。戦闘モードのまま閉じ込められたからめちゃくちゃ機嫌が悪い。ずっと唸ったり暴れたりしている。勘弁してほしい。
私の手元には置かれていた紙。書いてあったことの真偽は分からないが、これしか情報がないのだから実行してみようと提案してみるものの、ずっと突っぱねられている。
ファーストキスは何が何でも譲らないとかそういうアレなんだろうか。そんなロマンチストだったの?そりゃ相手が私なのは不満でしょうけど。
私はといえば不本意な強制イベントではあるが、爆豪くんに片想い中なので、するならするで願ったり叶ったり。そのまま墓まで持っていくくらいの気持ちではあった。いやでも忘れちゃうんだよな…勿体ないな。
ヴィランの個性で閉じ込められた私達の失態といえば失態なのだが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「た、試しにさ、口以外にしてみようよ。案外開くかもしれないじゃん」
「そもそも触んなっつっとんだ!寄んな!」
「えぇ…」
それは嫌いすぎでは…?これ以上神経を逆撫でるのはよくないと判断し、仕方なく爆豪くんから距離を置くことにする。またドアをブチ破ろうとする爆破の音が聞こえた。元気だなぁ。
一応私の個性も使ってみたけれど、ドアも部屋自体も何の変化もなかった。もしかしたら個性が使えなくなった…?と不安になったが、何故か置いてあった紙だけは分割出来たので少しだけ安心した。どういう仕組みなんだろ。
さて、本当にどうしようか。ぺたぺたと壁を触ってみても、違和感のあるような所はない。灯りがないのに明るいのも不思議だ。床の方はどうだろう。つま先で叩きながら歩いてみるが、何もない。八方塞がりだ。
そして一応試しに自分の手にキスの真似事をしてみたが、やはり無駄だった。部屋に居るのが二人な時点で、二人でやらなければならない条件なんだろう。
爆豪くんは相変わらず爆発していたので、落ち着くまで話しかけないようにする。体力温存のためにも部屋の隅で休むことにした。
お腹が空くまでには出たいなぁ、などと呑気なことを思いながら。




「オイ、ブス!」
けたたましい怒号に顔を上げると、ようやくやや大人しくなった爆豪くんが私の前まで来ていた。
「なんか分かった?」
「分かんねぇから聞きにきてんだろが」
「そっかぁ…私の方も全然だったよ。壁も床もなんもなし」
私がそう言えば、盛大に舌打ちで返された。いや分からないのは爆豪くんも同じだから立場的にはイーブンなんだよ、とは言わない。命は惜しい。
しばらく何かを考えているのかそっぽを向いたままだったので、私も手の中の紙に目を落としていた。
出たら全部忘れるから安心設計。何が安心なのかさっぱり分からない。私の個性で真ん中から二つになった紙は、最初以上の情報はもたらさない。
じゃあ、やっぱりするしかない…?
ふと顔を上げると、いつのまにか爆豪くんの目がこちらをじぃっと見ていた。眉間に皺を寄せて、何かを言いたそうにして。
「…爆豪くん?」
「テメェがどう思おうが俺は謝らねぇ」
「え、なに?」
「いいか、なんもかんも忘れろ。絶対忘れろ。つーか忘れさす。ぶん殴ってでも」
「な、殴るとか、そういうの今どんな関係が…?」
爆豪くんが怖い顔で近寄ってくるから、本能的に後ずさってしまった。すぐに部屋の壁に当たって退路はなくなったけれど。
暴力反対!と腕を顔の前にしてガードしてみたものの、力比べに勝てるはずもなく。爆豪くんの大きな手が伸びてきて、腕を払いつつ私の視界を覆い隠した。背中には壁、前には爆豪くん、視界は今断たれ、一体全体どうしたらいいのか。せめて何なのか聞くくらいは許して欲しい、と口を開きかけた時。
唇に何かが触れる暖かい感覚、が。
「…開かねぇ」
爆豪くんの苛立ちの声が部屋に響く。思い通りにいかなかったようで大きな舌打ちをされた。そんな、私にキレられても困る。開かないって、ドアのこと?キスしたら出られるはずなのに?
…いや、待って、それどころじゃない。あかないって、キスしたらって、もしかして、私、いま爆豪くんに、キスされ…?!
「動くな殺すぞ」
「いや、ま、まっ…」
待って欲しい。ほんとに。切実に。さっきまでは触れるくらいので大丈夫だろうからいつ来てもいいよと思っていたけど、やっぱ心の準備、を!
そう思ったのに、「ま」の形に開いた口にザラついた温かなものが差し込まれて。相変わらず視界はゼロなのだけれど、吐息と鼻息とで何となくどういう状態なのかわかってしまった。
嘘でしょ。爆豪くん、舌まで入れてきた…!
混乱と緊張で身体は金縛りにあったみたいに動かなくなって、体重でもって強く壁に押し付けられて更に逃げられなくなって。そうこうしているうちに舌先が触れ合って、もう喜んでいいのか泣いたらいいのかわからない。
というか長くない?もういいでしょ?そう思うのに爆豪くんは離れていかない。それどころかさっきより深くなって…。いや待って、爆豪くん舌の力強いな!めっちゃぐいぐい押されてる!私の舌負けてる、負けてるから!
しばらく紛うことなく蹂躙された後、ようやく唇は解放された。息が、できる。
肩で息をするほど、身体が空気を欲していた。無遠慮なキスは私が夢見ていたものより乱暴で、熱烈で。キスというよりは体感捕食に近かった。
「開いた」
爆豪くんが呟いた。
何がだろう。あ、もしかして、ドア?
正直、それどころではなかった。頭が全然働かない。今の今までしていた舌で嬲られているような感触も、すぐ近くに感じる爆豪くんの息遣いも、そして未だに解放されない視界とかも。これ、本当に忘れちゃうの?強烈すぎて忘れられなくない?
「爆豪くん、ドア、開いたの?」
「…忘れんなら、構わねぇな」
「なにが、」
それよか、開いたなら早く私にも見せて欲しい。唇に三度触れた温かさを感じるまではそう思っていた。先程の蹂躙を思い出し、身震いして唇を引き結んでいると、合わさったところへ舌を這わされる。なんなの、なんなの?
すぐに温かさは離れていって、視界も解放された。熱に浮かされたようにぼうっとした頭で状況を把握しようと辺りを見回す。
爆豪くんの言った通りドアは開いていた。これで正解だったんだ。キスってそんな、舌まで入れなきゃダメだったの?それなら最初から書いておいてよ。先に歩き出していた彼はもう開いたドアに向かっていたので、慌ててそれを追う。
三度もされてしまった。しかも二度目は本気のやつ、最後の一回は本来しなくてもよかった分だ。なんで、どうして。爆豪くんは忘れるならいいって言ってた。したくないなら、しなくてよかったのに。それはどういう意味だったの?
ドアの前に立つ爆豪くんの背中を見遣る。
「絶対忘れろ。でなきゃぶっ殺す」
振り向かずにそれだけ呟いて、彼はドアを潜って外に出ていった。そんな、念押ししなくても。忘れなかったら忘れるまで殴られるんだろうか。
私は嫌じゃなかったよ。初めても、二回目も、そして三回目も、全部。
「…私は…忘れたくないのになぁ」
それでも、ここから出るしかない。爆豪くんはここには居ないし、私はヒーローだから。

(2020/7/5) ▼ TOP