「…爆豪くん、」
「ンだよ」
「跡、めっちゃ残ってるんだけど」
「ア?」
「噛んだとこ、とか、」
そりゃあもうガブガブと噛まれたのは覚えていますけど。一番最初に噛まれた容赦ない噛み跡が、鎖骨辺りにくっきり残っていた。シーツごとバスルームに連れてこられて、バスタブに放り込まれ、ぬるい湯のシャワーをかけられた時にどうにもヒリヒリするので鏡で確認したらこの有様だ。
「ンなことかよ」
「DVだと思われたらやだなぁ」
「ア゛ァ!?」
「だってもう傷だよ、これ」
鬱血通り越して血が出てるんだから、ヒリヒリするわけだ。水に浸ったシーツをそのままに、身体を拭けとバスタオルを投げられた。そのままバスルームを出て行く彼を見送って、鏡の前でもう一度確認する。噛み跡も、多分、キスマークであろうものも。
しばらくして帰ってきた爆豪くんは、さっき脱ぎ捨てた服を拾い集めてきてくれたらしい。擦れると痛いからと、寝巻きの前ボタンを外していたら痴女かと言われた。誰のせいよ。
「…もう噛まねぇわ」
「え」
「噛まねぇっつっとんだろが。聞いてろや」
私と同じように服を着ながら、爆豪くんが言い放った。苦言を言ったことは否定しないが、彼の顔を見るにだいぶ私が痛がっているのを気にしているようだった。
玄関でもつれ合うようにキスをして、そして情欲の昂りのままに噛まれた。普段自分のペースを乱さない爆豪くんが、それを放棄して本能のままに行動していたのだと思う。それ自体は乱暴な行為だけれど、だからといって無理にやめて欲しいとは思わない。
「いや、あの、手加減してくれたら、」
「あ?」
「いい、ですよ」
何より、あの目に見つめられた時に拒むことなどできないのだ。だからやめなくてもいい、と精一杯伝えてみたのだが。
「……加減できるまで噛まねぇ」
眉間に刻まれた皺のご様子から見るに、加減が出来ないということらしい。そんなに制御できない衝動なのだろうか。爆豪くんに限って、そんな。
シーツを絞って洗濯機に放り込んでいる彼の背を見ていたら、ふと好奇心が湧いた。同じことをしてみたら、気持ちが分かるかもしれない。
「…私も噛んでみようかな、爆豪くんのこと」
「………は?」
「やられっぱなしだし、ちょっとだけ。だめ?」
何言ってんだこのアマ、という顔だ。私もそう思ってるけど顔に出さないでよ。仮にも彼女ですよ。
しばらくその目に勘ぐりされていたが、はぁ、というため息のあとこちらに歩み寄ってきた。バスタブのふちに腰掛け、さっき着たはずの上着を勢いよく脱ぎ捨てる。白い彫刻のような身体を晒して、私を手招いた。
「おら」
「え、」
「噛めよ」
こくり、と唾を飲み込んだ。まさかOKが貰えるとは思わなかったのだ。私が動かないから、じれったそうに私の手を掴んで引いてくる。待って、心の準備をするのを忘れた。しかし彼は待ってくれない。
「ここ」
とんとん、と刺されたのは左の鎖骨のあたり。私と同じ場所をご希望される。その余裕のある表情が私に火をつけた。ええい、後悔させてやる。
とは思ったが、故意に傷をつけるのはやはり抵抗がある。
「はよしろ。でなきゃ俺が噛む」
「…さっき噛まないって言ったのは?」
「時と場合によンだろ。おら、」
「う…、」
意を決して首筋に口を寄せた。精一杯口を開いて歯を立てる。肉の柔らかい感触が生々しく伝わってきた。
少しだけ強く噛んでみて、口を離すと僅かな鬱血が綺麗な肌に残っている。私が爆豪くんに付けたものだと思うと、妙に気分は高揚したし、同時に気恥ずかしさも溢れた。
跡はすぐに消えてしまいそうだったので、同じところを目掛けて数回歯を立てた。最初の一回に心の準備が必要だっただけで、その後はだいぶ調子に乗っていた気はするが、爆豪くんからは何のクレームもないのでよしとする。
「…はぁ、全然つかない」
「ハ、貧弱」
「というか固すぎ…顎痛くなってきた」
「喰うつもりで噛めや」
「爆豪くん、喰べるつもりで噛んでたの…?」
肯定も否定もされずに押し黙られた。こういう時に即否定しないということは肯定だ。爆豪くんはそういう人だ。
このままでは何か面白くない。なんて反撃の手を考える私の視界に、白い首筋を伝う汗が見えた。
そういえば、爆豪くんの汗、どんな味がするのか考えてたことがあったな。いつだっけ。お酒を飲んでた時だったかな。あの時は手のひらを舐めてめちゃくちゃ怒られたんだよなぁ。今はどうなんだろう。試してみようか。
気がつけば、そこに顔を寄せて舌を這わせていた。ざらりとした感触が肌を滑る。
「っ、」
びくっと大きな身体が跳ねた。それがなんだか楽しくて、夢中になって舐め続けた。鎖骨から、首筋をなぞるように上へ、耳の下まで。顔を近づけているせいで、爆豪くんがどんどん険しい顔になっていることに私は気付かない。後々になって思ったが、だいぶ酷なことをしていたと思う。
しばらく私のしたいようにさせてくれていたが、不意に腰に片腕を回され、ぐっと力強く引き寄せられる。何かと問う間もなく、爆豪くんの片膝の上に乗り上げ、がっちりと拘束されてしまった。
お、怒った…?
「えっ…と、」
「いいか、何も聞くな、触んな、動くな」
低く呻くような声に従うより他なかった。有無を言わせぬ物言いへの返事の代わりに、その身体にしがみつくように背中に手を回した。
彼は耳元の近くでフーッと息を吐いて、それから床にあったバスタオルを拾い上げる。聞くなと言われたし、私の視界からはバスタブの奥の壁と間仕切りくらいしか見えないから、何がされているのかは分からない。戸惑うままにその身体に身を寄せていると、緩く揺られるような振動と、爆豪くんの吐く息がだんだん短く荒くなっていく。
「はっ…クソ、クソ、」
小さく急くような声には聞き覚えがあった。もう二晩そういうことをしてきて、分からないなんてことはなかった。ベッドの中でもつれ合い、抱き合った時の爆豪くんの熱の篭った視線を、堪らないという表情を思い出す。顔を見なくても分かるようになってしまった。
爆豪くんが熱を上げ息を荒げていく間に、間近で聞いている私もなんだか切ない気持ちになってくる。こんなにぴったりとくっついて体温を共有しているのに、取り残されているような気分だ。待ってよ、置いていかないで。
さっき噛み付いた跡が目に入る。僅かに赤い色と凹凸を残すそこに、再度噛み付いた。気付いて欲しかったし、一人で黙って熱を上げる爆豪くんに憤りもあって、遠慮も力加減も忘れていた。
「っ、くっ…」
呻き声が上がる。少しだけ前屈みになった爆豪くんが、拘束する腕に力を込めた。それが私の歯をより一層肌に食い込ませることになる。僅かに血の味がした。
深く息を吐く爆豪くん。ぴったり合わさったままの身体はどちらも動かない。二人だけのバスルームはまた静かになった。シャワーノズルから垂れた水滴の落ちる音が聞こえるくらいに。
「……目ェ覚めたわ」
耳元で爆豪くんが掠れたような声で呟いた。私ははっとして噛み付いていた顎を引き、その跡を見た。逞しく白い肌に、くっきりと私の歯型が残っている。そのコントラストが、とても悪いことをしてしまったのだとでも言うように、視界いっぱいに映った。
「ごめんっ!あの、夢中で、…い、痛かった?」
「…別に」
「ていうか、今、何してたの」
「聞くなっつったろうが。…ンでもねぇ」
隠すようにぐしゃぐしゃに丸めたバスタオルを洗濯機に向かって放って、もう一度私のほうを見た。ぎゅうっと寄せられた眉間の下、意志の強い目が熱で僅かに揺れている。綺麗だなぁと思いながら私も見つめ返していた。
「満足したかよ」
「え」
「跡付けたかったんじゃねぇんか」
「そう、だったような…。そうじゃないような…」
「はぁ?」
「痛そうだから、もうしない」
ふーん、と気のない返事。私としては、感情が昂ぶって噛み付くというのは無くはないという答えが出たので、気分としてはすっきりしていた。けれど、爆豪くんの方はそうでもなかったらしい。私の奇行について、問いただしてくる。
「つか、てめぇ…舐めたのは何だよ」
「あ」
やっぱり怒ってた!?と身を縮めたけれど、膝の上に乗ったままだったのを失念していた。拘束はまだ解かれていなかったのだ。勿論開放されることなどない。噛まないと豪語した獣に全く同じ所を執拗に舐めあげられて、もう悪戯に煽らないということをこれでもかと念押しさせられた。
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(後日談・爆豪視点)
「ワーオ!どうしたのバクゴー、その肩!」
「ア?」
事務所の中で、怪力女もとい事務所長が俺を指して声を上げた。朝一番に甲高くでかい声を聞かせんなと内心キレかけたが、昨日まであいつが家にいたから俺の機嫌は幾分かいい方だった。
肩、と言われて思い出した。あの晩、思い切り噛まれた跡だ。冬ならいざ知らず、今のヒーロースーツではどうにも隠れない場所だったのを失念していた。おもわず舌打ちが出た。怪力女がニヤニヤと人をからかう顔をしたからだ。
「キティちゃん、見かけによらず情熱的なのね」
などと評され、俺は顔をしかめた。エスコートしろと言われて休みを貰った手前、一人で盛り上がって不安にさせたなどと口が裂けても言えるはずがない。返事のしようも無く黙っていると、怪力女はまた一言。
「それともバクゴーが襲い掛かったから?」
「るっせぇ怪力女!合意だわ!」
言わなくてもいいことまで口に出ていると気付いた時にはもう遅い。いい笑顔で事務所中に聞こえるように声を張り上げた女の口を封じるべく、俺は必死に追いかけた。おい、童貞卒業って何だ!まだ卒業してねぇわ!
(2020/9/23) ▼ TOP