「恋人」の構文は難解

 上鳴電気の独り言 |上鳴視点

敵わない、と思ったことは何度もある。それこそ幼稚園、小学校、中学、高校。俺は人並(頭の方はノーカンで)の出来だったから、すげぇ奴は片手で数えられないくらいいるわけだ。


俺が一番最初に出会った敵わない奴は幼馴染だった。近所に住んでて親同士も仲が良く、いつも一緒に遊んだ。その頃は男とか女とかの隔てはない。鬼ごっこも木登りも砂遊びだって一緒にやった。そいつは俺に感化されて調子いいことを言うくせに、死ぬほど諦めが悪かった。
あれは幼稚園の頃だったか。きいろ組の中で一番足の速い奴に目を付けられて、かけっこの勝負をすることになった。一連托生とばかりに一緒に走らされた俺が早々に音をあげる中、あいつは何度負けても食ってかかっていた。無理だからもうやめとけ、と宥めに入った俺を容赦なく蹴っ飛ばしてまた挑む。それと何度も何度も繰り返し、結局折れたのは相手の方だった。多分、相手をするのが面倒くさくなったのだと思う。
「ほら、かったじゃん!せいぎはかつ!」
「いや、せいぎってなによ」
呆れてものも言えない俺の前で、息切らしたあいつは満足そうに笑っていた。その時、俺はこいつには敵わないなと思ったのだ。


そんな奴と、中学までも同じクラス。その頃には俺もコミュニティで目立つ術を身に付け、クラスの人気者になっていた。
「電気!一緒に帰ろ!」
「おー。じゃ靴箱で」
会話していたクラスメイトと別れて幼馴染を追う。帰りに適当な買い食いをして帰るのが俺らのスタイルだった。
「そういやお前、高校どうすんの?」
「あー、まだ決めてないなぁ」
コンビニで買ったあんまんを分けながらダラダラと話す。俺、雄英行こうと思うんだけど一緒に行かね?気がつけばそんな言葉を発していた。軽い気持ちで言ったわけではなかったが、こいつなら大丈夫だという確信もあった。


雄英には俺が敵わないと思う奴しか居なかった。そういう場所なのだから当たり前といえば当たり前だ。除籍と聞いて少しだけ焦っていたけれど、俺もあいつもなんとかやっていた。このまま二人でヒーローになれたら、そう思っていたんだ。
情け無いことに、俺は高校になって初めて幼馴染に抱く思いが恋愛的なものだということを悟った。同じ高校に誘ったのも、同じ時間帯で通うのも、それが当たり前だったから気づかなかっただけで、俺はずっと幼馴染と一緒に居るものだと思っていた。


幼馴染の視線が爆豪を捉えたのは季節が夏に変わり始めた頃。本気かよ、と思う俺をよそに、あいつはとにかく爆豪を追い始めたのだ。おい、そいつだけはダメだ!俺、絶対敵わねぇから!そう思っても言い出せるわけがない。俺は毎日をハラハラしながら過ごした。幼馴染の視線はいつしか女のものになっていて、俺がずっと欲しかったものを向けられている爆豪に嫉妬した。
誕生日プレゼントだってそうだ。仲は良かったけれど、俺は催促無しではプレゼントを貰ったことはない。けれど爆豪の誕プレを買いたいから付いてきてほしいと言うのだ、こいつは。なぁ、お前気づいてんのか?それ本当に無自覚かよ。心の内を掻き乱されながらも、爆豪の誕プレは無難に選んでやった。下手なものを選んで爆豪に泣かされるのは幼馴染だからだ。
…はぁ、世の中上手くいかねぇな。


でもまぁ、あの爆豪が幼馴染とどうこうなるとは、その時の俺はつゆほどにも思っていなかった。だってあの爆豪だぜ?口も態度も最悪、恋愛やら恋やらなんていう言葉の辞書など持ち合わせていないどころか、親の腹に置いてきたとでも言いそうな奴だ。だから俺も楽観視して、爆豪に振られたらまた俺んとこに来るだろ、なんて甘い考えをして。


でさ、俺も爆豪とはちょっと近い付き合いなわけで。腰巾着とか言うな、世渡り術と呼んでくれ。ほぼ毎日眺めてりゃ、爆豪の好みとか行動パターンも何となく掴めてくるわけよ。そんで気づいちまったんだよ。爆豪の視線も、たまに幼馴染を追ってんだ。
もうね、絶望だよ。なんだよお前ら、両思いかよ、ふざけんなって。
その夜はわりと本気で泣いたね。枕ビッショビショよ。
でんぴかなしい。
はぁ。


ところがこいつら、一向にくっつく気配がない。俺がどうにかやり過ごそうとしているのに、爆豪はいつも通り、幼馴染は話しやすいからと俺にばかり色々相談するときたもんだ。
なぁ、これ俺怒ってもいいだろ?俺が幼馴染と居ると、爆豪めっちゃ怖ぇの。お前のそれも無自覚なのかよ、タチ悪すぎだろ!好きな女を無下にできるほど俺は非道な男ではない。背中に刺さる視線を感じる日々は半ば地獄だった。


三年も半ば頃だったか。爆豪からサイドキックに誘われたと嬉々として報告してきた時、俺はようやくか、と感慨深く思った。ちなみに俺も誘われたのだが勿論断った。行きたい所がある、ラジオ番組とかやりたいからそっちとはきっとソリ合わない、なんて理由を並べてな。爆豪の方もそれ以上は何も言って来なかった。


卒業してからは全てから解放され、俺は悠々自適なナンパ生活を送っていた。いや、ヒーローとしても活動してっけどさ。幼馴染のことをどうにかして忘れたかった。きっとそろそろくっついてヨロシクやってるだろ、なんて虚しい期待を持ちながら。
爆豪とは卒業後もちょいちょい会うことになった。いや、俺が飲みに誘うと自動的にこのメンバーになるからだな。爆豪・切島・瀬呂、そして俺。日頃の労いも兼ねてどうしようもない話をしたりした。それは学生の頃を思わせてちょっと嬉しかった。
ある日の飲み会の帰りに、瀬呂と一緒にもう一杯ひっかけるかと別の店に行った時。あいつとんでもないことを口にしてきたのだ。
「あいつらまだ何にもないらしい。つか、そもそも卒業してから会ってないっぽい」
「は?」


正しく「は?」だ。嘘だろ、もうすぐ卒業して一年くらい経つのに?爆豪、お前そんな腑抜けだったのかよ。そんな憤りにかこつけて、元クラスメイトの飲み会で酔った爆豪にけしかけた。
「俺さ、まだあいつのこと好きなんだけどさ。爆豪どうも思ってないってんなら、俺が言ってもいいか?」
その瞬間、表情と空気が一変した。爆豪の目がみるみる吊り上がり、般若も逃げ出すような形相で俺を睨みつけてきたのだ。
怖い。怖いに決まってる。でも俺だって譲れないもんがあるんだよ。
「ダメなら今から行ってこいよ。あいつ、そろそろ仕事上がりだろ」
なんでこんなアシストしなきゃいけないんだろうな。けど、爆豪だって大事なダチだし、幼馴染のことは勿論大切だ。だから、二人でちゃんと話し合って欲しかった。
それはきっと、俺のためでもある。
「…アホ面」
「何よ。言っとくけど俺はマジで…」
「返さねぇぞ」
真っ直ぐに爆豪の視線が俺を貫いた。爆豪はこう見えて真面目でみみっちい奴だ。だから、どうやら俺に気を遣っていたのだと気がついてしまった。
「…いいよ。そのかわり、絶対泣かせんなよ」
「女の扱いなんぞ知らんわ」
そう言ったきり、黙ってグラスの残りを煽って爆豪は店を出て行った。


それからの二人のことは分からない。俺から特に聞くこともなく、向こうからも何も言ってこない。けれど、きっとうまくいったのだろう。便りのないのが証拠だって言うじゃないか。
俺もなるはやで新しい恋を見つけるからさ。
だからお二人さん、どうぞお幸せに。

電気くんが爆豪事務所に居ない理由(2020/12/5) ▼ TOP