「恋人」の構文は難解

 番外 | 一緒に暮らして初めての冬の一日

「ただいま~」
時刻は21時を過ぎた頃。ようやく帰宅した私の間抜けな声が、玄関から続く廊下の奥にまで響いた。
地方のヒーロー事務所への出張からの帰路で雪による足止めを食らい、半日程遅れての帰宅。前もって連絡は入れておいたが、そもそも爆豪くんは返事をあまり返してくれない。既読にはなっていたけれど、私の分の夕飯は果たしてあるのだろうか。
というか、お出迎えくらい出てきてくれてもいいんじゃない?リビングに続く廊下は私の声以降、しんとした静寂を保ったまま。明かりはついているので、不在ということはないだろう。
キャリーバッグを抱えてリビングに入ると、廊下とは比べ物にならないくらい暖かかった。そんな暖房の効いた部屋の中、家主はちゃんとソファに居た。数日ぶりのツンツン頭は未だに声を聞かせてくれない。その背に向けて苦情を言ってやらねば。
「返事くらいしてくれてもよくない?」
「るっせ、電話中だわ」
なるほど、よく見れば彼はスマホを耳に当てている。大変失礼いたしました。お邪魔をしないようにそろそろとコートを脱いでいく。じゃあなと通話を切り、スマホをテーブルに置いてから、ようやく爆豪くんはこっちに向いてくれた。
「着替え、洗濯機入れろ。あとで回す。…夕飯は、食うんか」
「うん、お腹すいた」
「先に荷物片しとけ」
「はいは~い」
部屋に入ってキャリーバッグを広げ、まずお土産を取り出していく。爆豪くんの分と、事務所の切島くんと瀬呂くんの分、あとはいつもヴィランの引き渡しでお世話になっている警察の方へも。すぐに渡せるようにとまとめて紙袋へ突っ込んだ。あとはほぼ着替えなので、取り出して洗濯機に放り込むだけだ。
リビングへ戻ると既に爆豪くんはキッチンに居て、私の夕飯を温めてくれていた。この匂いはハヤシライスかな。洗濯物を洗濯機に押し込み、その答えを確かめるべく彼の隣まで近づいた。
「爆豪くん、ただいま」
「さっき聞いたわボケ」
「聞こえてないかと思って」
「うっせー聞こえとるわ。おら、匙出せや」
なんてぶっきらぼうな返事が返ってくる。彼の手がお皿とお玉でふさがっているからと安心していたら、足の方は完全にフリーだった。不意打ちとばかりに膝裏を蹴られ、いとも簡単にバランスを崩した私を見て彼は鼻で笑う。
「ダッセ」
「う、うるさいなぁ!お土産買ってきたけどあげないよ!?」
「勝手に奪うから問題ねぇ」
「欲しいんじゃん!素直に言いなよ」
「喚いてる暇があんならはよテーブル行けや、ブス」
私を足蹴にしてテーブルに着かせようとする爆豪くんは相変わらずの暴君で、私も私で相変わらずのマイペースだけれど、これでなかなか上手くやっていけていると思う。それに、長旅で疲れてたとか気が抜けてたとか、そういう言い訳は絶対にしたくなかった。特に私と同じくらい強がりの爆豪くんの前では。だって負けた気分になるではないか。
温かいハヤシライスはめちゃくちゃ美味しかったので、結局負けた気分になったのだけれど。




爆豪くんと暮らし始めてから、最初の冬。寒い日は個性の出方が鈍いので、彼の甘い匂いも少しだけ薄い。まぁ、今は温かいココアを飲んでいるからというのもあるけれど。
「でね、温泉も広くて綺麗だったし、中庭もすごかったし、ご飯も美味しかったよ」
「てめぇはマジで食い気しかねぇな」
「今温泉のことも言ったじゃん」
「チームアップに行ったんなら他に言うことあんだろ」
「それはまた報告書で」
爆豪くんは私の隣で、タブレット端末を膝に置いて作業をしている。事務所にはまだ事務員がいないから、雑務もこうやって家に持ち込んでいるのだ。前に私が手伝おうとしたら威嚇されたので、それ以来手出しはしていない。
目にクマが出来るほど無理をしていないかの確認はしているけれど、やはり忙しいのは当たり前で。難しい顔で作業している爆豪くんの手の動きを追いながら、何気なしに口をついて言葉が出てくる。
「今度さ、温泉行こうか。2人で」
「あ?」
隣の作業の手が止まる。顔を上げた爆豪くんは私の方を見て、温泉、と呟いている。
「うん、温泉。どこか行きたいとこある?」
「ジジイとババアがよく行っとったな…場所はわかんねぇけど」
「場所じゃなくても、条件とかは?」
「飯が美味けりゃいいわ」
「…爆豪くんだって食い気じゃん」
「アァ?飯が不味いのは論外だろが」
「確かに」
他何か希望ある?と聞いてみる。
思えば二人でゆっくり出かけたことなんかほとんどない。少しくらい事務所をあけたって、優秀なサイドキックがいる。クラスメイトの皆だってフォローしてくれるだろう。だから、のんびり遠方に行くのもいいし、少しだけ登山ルートもあるならそれも楽しいかもしれない。
「風呂、個室にあるやつ」
「あー、それもいいね。のんびりできるし」
「…二人で入れンならな」
「え、」
私は単純に、彼の慰労のために提案しただけだったのだが、どうも彼の方はそうではなかったようで。こちらに向いた赤い目がきらきらと揺らめいている。タブレットをソファに放り出し、姿勢を変えて、身を乗り出して。少しずつ、私たちの距離が縮まる。
「…いい、けど」
「なら行く」
緩く笑った爆豪くんの顔に息を呑む。ああ、私から提案したのに、もう彼のペースだ。形のいい唇が、少しだけ乾燥した私の唇に押し付けられた。目を閉じるのを忘れてしまったのは許してほしい。本当に嬉しそうにしている爆豪くんが悪いんだよ。




数日ぶりの広々とした自宅のベッドはやはり快適で、長旅の疲れも相まってゆるゆると瞼が重くなる。明日は休みだから寝坊してもいいかなぁ、なんて呟いていると、後ろから鋭いチョップをかまされた。
「いっったい!」
「明日はプラゴミの日だわ。叩き起こす」
「うう、わかったよ…」
私の隣へ身を横たえた爆豪くんの手が伸びてくる。そのまま絡みつくように私を閉じ込めて、2人の身体はぴったりとくっついた。
「てめぇが居ねぇとよ」
「うん」
「寝る時、寒ィ」
「なにそれ」
寒くなってから殊更抱き枕にされることが多くなったのはそういうことか。私を抱えて丸くなった爆豪くんは、しばらくすると静かに寝息をたて始めた。私もお腹に回された腕に手を重ねて目を閉じる。柔らかな温かさに包まれて、すぐに夢の世界へと旅立った。

(2020/12/18) ▼ TOP