「おかえり…って、うわ!」
「ン」
飲み会から帰る、という連絡が来たのは十数分前のこと。そろそろ来るだろうという時間に玄関のドアが開く音がした。
出迎えた私が遭遇したのは、泥酔してくたくたになった爆豪くんだった。
面倒くさいと言いながらも、爆豪くんは飲み会に参加している。それは付き合いができるようになったのもあるし、日頃世話になっている関係先という自覚が少なからずあるという証なので、やはり学生の頃よりだいぶ丸くなったと思う。事務所長という自覚もあるのだろう。変わらないのは口の悪さと、相変わらず頂点を目指していく志の高さ、それに見合うストイックさか。
身長も体重も、随分変わってしまった。私1人では全然抱えきれない程には。そんな爆豪くんは、今真っ赤な顔で帰宅してきて、私に引っ付いて肩口に鼻を擦り付けるように甘える仕草を見せている。
これは…だいぶ飲まされたな。
「爆豪くん、ここ、玄関だから。ソファまで行こう。歩ける?」
「あるけるわ…なめんな」
そう言いながらも、足取りはふらふらと危なっかしい。これでよく帰ってこれたなと感心する。壁伝いに手をつきリビングへと向かう背が後ろへ傾かないように、しかし手を出すとキレるので触れないように見守った。
ゆっくり時間をかけ、ソファへとたどり着いたことを確認してから、グラスに水を注ぎに行く。差し出したグラスを受け取りながら、爆豪くんは「暑い」と呻いた。まぁ、重ね着のまま、マフラーもして暖房の効いた部屋にいるのだからそうだろうね。
「あっちぃ…服、脱がせろ」
「えぇ…」
脱がせろって、それ私がやるの?
背もたれに全体重を預けながら、彼は下唇を突き出している。絶対自分からは動かないという意思表示か。こうなるともう要求を満たすまではテコでも動かないだろう。
仕方ないなぁと思いながらも、全権を預けられるのは緊張する。だって爆豪くんだよ?自分で何でもできるから、1人で生きていくんじゃないかとご両親に思われてた爆豪くんですよ?そんな彼が、前後不覚になる程には泥酔して、くたくたになって帰ってきて、私に全てを投げ出して来るんだ。これは責任重大ですよ…。
「じゃあ先にマフラー、取るよ」
「ン」
ブランドものだと言われ、洗濯するのも未だに躊躇してしまうマフラーをするすると解いていく。隠れていた頬から首までが見えるようになり、やっぱり血色よく染まっている。外したマフラーはそのまま丸めておくのも気が引けて、適度に畳んでテーブルへ置いた。
お次はコートだ。
「袖引っ張るから、手抜いてくれる?」
「おー」
素直に返事はしたものの、だらりと力の抜けた膝が引っかかって上手くは脱がせられない。今にも寝そうな本人は動く気配がなく、内側からつっかえを解いてようやく右腕の方は何とかなった。次は左の方だ。
「はい、左も。…って、何してるの」
「脱がしとる」
彼の左手が、片手で器用に私の服の一番下のボタンを外していた。何か熱心にしていると思ったらそんなことか。人に頼みごとをしておいて何してるのよ、全く。ヴィランに恐れられる爆破を起こす手をぺちんと叩き落とした。
「暑いのは爆豪くんだけでしょ。ほら、左手上げて!」
「クソ…一個しか外せんかった…」
悔しそうに呟いている彼を完全に無視して、左袖の方を抜いた。そのまま遠慮なく、引きずるようにコートを引っこ抜く。
はぁ。いつもはあんなにカッコいいヒーローしてるのに、今は手のかかる子供みたいだ。大きな身体はソファに完全に沈んでいるし、相手を射抜く眼光鋭い眼はなりを潜めて瞼をゆるゆると落としている。
一応皺にならないようにコートをハンガーに掛けている間に、彼の方は幾らか暑さが和らいだのか、ソファの上で横になってしまっていた。
「あっ、こら!寝ないで爆豪くん!」
「るせー…だぁってろ…」
もう完全に瞼は落ちていて、言葉もあやふやだ。ここまできてしまえばもう移動させることは不可能だ。パワー系の個性だったら良かったのに、と思ってしまうのは仕方がないことだと思う。案の定、そのまますやすやと寝始めてしまった彼を前に、盛大にため息をついてやった。
「もう、明日身体が痛いって騒いでも知らないからね」
なんて言ってはみたものの、放っておくわけにもいかず。寝室から掛け布団を引っ張ってきて、ぐっすりと眠っている爆豪くんにかけてやった。熱いと呻いていただけあって、頬の赤みは全然引かない。どれだけ飲んできたんだろう。
しゃがみこんで、その頬に触れる。シャープな曲線をなぞるようにゆっくりと撫でると、くすぐったそうに身をよじった。
こういうところは、かわいい。
「私、今日一人で寝ちゃうよ」
あなたが起きないからね。しょうがないけれど。これは苦情とか、寂しいとかではなく。寒がりの爆豪くんに湯たんぽがなくてもいいの?と問いかけるための言葉。もちろん、返事はなかったけれど。
さて、クローゼットから来客用の布団でも出そうと立ち上がりかけた時。布団からはみ出した爆豪くんの手が宙をさまよい、私の手を掴んできた。
あ、もしかして起きてる?と様子を伺ってみたが、やはり寝ている。その証拠に、眉間に皺は寄っていない。うーん、寝ぼけてるのか。薄く開いていたその口がもごもごと動き、寝言を吐き出してきた。
「…居ろっつったろーが…、ぶす、ぼけ…」
「ブスボケ…」
多分、私に向けられたであろう暴言。まさか眠っている間まで罵られるとは思わなかった。
縋るように伸ばされた手は離れない。それどころか、布団に引き込むような仕草までし始める。もちろんソファには二人分が寝られるスペースなんてない。無意識のくせに。私にどこで寝ろって言うのよ。
けどまぁ、居ろって言われたし。しょうがないからここに居ようかな。今日、寒いもんね。なんて思ってしまうほどには、その寝言の声色が優しかったから。これも惚れた弱みなんだろうなぁ。
もう一度しゃがんで、また爆豪くんの寝顔を見る。赤ら顔のまま、少しだけ嬉しそうに弧を描く口元。滅多に、いや今までそんな顔されたことがあったかな?というレベルの穏やかな、それでいて幸せそうな顔をするものだから、私は瞬きもできずにずっとその顔を見ていた。手から伝わる熱に浸食されて知らないうちに寝入ってしまうまで、ずっと。
スマホの目覚ましで目が覚めた。今日は…火曜、出勤の日か。まずは洗濯から、と布団を出ようとする。
「……あれ」
ベッドから降りて、昨晩の記憶が戻ってきた。私、リビングのソファで爆豪くんに捕まったよな。なんでベッドで寝てるんだろ。不思議に思いながらリビングに向かおうとすると、その前に扉が開かれた。
「おい、洗濯回すぞ。はよ脱げや」
「おはよ。ねぇ、夜中にベッドまで運んでくれたの?」
扉の向こうから顔を出した爆豪くんに聞いてみる。昨日赤かった彼の顔はすっかり元に戻っていて、甘える気配すらない。
「夜中目覚ましたら、アホな面して床で寝てる馬鹿が居たからな」
ハッ、と薄ら笑いで小馬鹿にしたような口ぶり。いやいや誰のせいですか。腕を振り解かなかった私のせいなの?
「だってソファで寝ちゃった爆豪くんがさ、」
「あ?」
「離してくれなかったんだもん。居ろっつっただろって、腕掴んでさ」
「ハァ?寝言こいてんじゃねぇぞ」
「寝言じゃないよ」
「ンなことよりはよ脱げ!」
「えっ、ちょ、ちょっとまっ、ぎゃあ!」
大股で近寄ってきた彼の手が手際よく私をひん剥いて、無残に下着だけにされた私はその場に放置された。室内の肌寒さが身にしみる。
「たまに同一人物か疑わしくなるなぁ…」
昨日、手を掴んだ暖かさを思い出す。素面でもあんな風に触れてくれたら、いつでも甘やかしてあげるのにな。
必要な時だけ甘えてくるパートナーの怒鳴り声に応えながら、クローゼットを漁る。今日はボタンがない服にしようかな。意味は…特にはないけれど。
(2021/2/10) ▼ TOP