「ば、爆豪と二人きりになるにはどうしたらいい!?」
クラスメイトは私の一世一代の問いかけに、ただぽかんとしていた。いや、多分思考停止したのだろう。その証拠に、暫くしてから乗り出すように返事が帰ってきた。
「えっ、なに?あんた爆豪のこと好きだったの!?」
「いきなり二人きりはハードル高くない?」
「というかどこまで本気なの?」
どこまでも何も、どこまでも本気なんですけど。二年。二年だ。私が爆豪とクラスメイトになって、一緒の空間で過ごした時間はそこまで多くはない。その間、当たり前だけれど二人でいることも、どうしようもないことを話す機会すらなかった。
そのいち。彼の気性が荒いから、どうにも近寄りがたい。
これは私に限った事ではないが、爆豪に近寄るにはある程度の信頼関係が必要なのだ。逆に言えば、その信頼がなければ彼のテリトリーである半径3メートル以内に近寄ることも難しい。さすがに爆破はされたことはないが、威嚇なら数えきれないほどある。つまり、私と爆豪の間に信頼関係が築かれていない、ということである。その構築におけるコミュニケーションさえ容易ではないので、今後も見込みが薄い。
そのに。ヒーローは忙しい。
これも仕方がないことではある。一年生からインターンとして実地で学んでいくヒーローという職業柄、同じ学校・同じ学年・同じクラス・そして同じ寮だとしても、すれ違うことが多い。私が外で学ぶ間、爆豪は学校で。爆豪が外にいる間、私は教室にいる。そんなことも頻繁にある。二人きりどころか、同じ場所にいるタイミングすらつかめない。
などなど。問題は山積である。まぁ、一番の問題は話しかけられないことなのだが。
「そんで、二人きりになりたい理由は?」
「た、誕生日だから…」
「誰の?あんた?」
「いや、爆豪のだけど」
「素直にお祝いされるような奴じゃないと思うけど。より二人きりのハードル上がってない?」
言わないで、言わないでよ。あぁ、やっぱり相談したのは失敗だった。見込みがないのはわかってる。でも、折角知った爆豪の誕生日、おめでとうと言いたいだけだったのだ。みんなの前では言えないから、出来るならば二人の時に。ただ、それだけだったのだ。
結局、何の解決策もないまま、四月も19日の夜。諦めるか、諦めないかで言えば、諦めたくはないが望みは薄くなる一方で。思わずため息しか出ない。あと30分で日付が変わってしまう。消灯時間だからと布団に潜ってはいるが、何度も寝返りを繰り返した。
明日、ちょっとだけ。「おめでと」くらい…そう、四文字くらいでいいんだ…。
その後も何度も寝返りをうち、結局降りてこない眠気に痺れを切らして起きることにした。何か飲んでこよう。このままじゃ寝られそうもない。
エレベーターより音のしない階段を選んだ。もう消灯して、みんなも寝ているだろうから静かにね。たどり着いた一階は静まり返り、私のスリッパの音だけが広い空間にペタペタと響いた。まだこの時期はひんやりと肌寒い。上着を持ってくれば良かったな。
真っ直ぐにキッチンへと向かい、大きな冷蔵庫の扉を開いた。各々自己主張の激しい自分のものです!という印のついたペットボトルの中で、私は地味に苗字だけを小さくキャップに書いていた。飲まれたってただのミネラルウォーターだし、そこまで目くじら立てたりはしない。パーソナルスペースがガッチガチな誰かさんと違って。
爆豪は自分のものは一番上の棚の隅に置く。ちゃんと名前も書いてあるし、触ったらコロスとまで触れ回っているのだから誰も触ろうとはしない。共有スペースでみんなでワイワイしている時、誰かが飲み物を取りに行く時に俺のも!私のもヨロシク!と頼む光景はよく目にする。そういう時だって飲み物とって来い、とか言わないもんな、彼は。
「ほんと手強いんだよな…爆豪」
ぽつりと弱音とため息が出る。誰もいないからついつい出てしまった。その声は消灯後の音のない空間に、思いのほかよく通った。そう、誰もいなかったんだよ、さっきまでは。
「俺が、何だよ」
今、突如として私以外の存在が出現した。いや、私が気がつかなかっただけで、もっと前から彼はいたのかもしれない。その低い声に大袈裟なくらい心臓が飛び跳ねた。今の今まで私の思考を占有していた、彼の声、だ。
爆豪はキッチンの入り口に立っている。ドクロマークの黒いTシャツが闇に映えるな。そんなバカみたいなことを思ってしまうのは、思考を放棄したかったからだ。
「あ、あはは。ば、爆豪、こんばんは」
「邪魔だわ、そこどけや」
どもった私にも構わず、ずんずんと近づいてきた爆豪は、私を押しのけて冷蔵庫を開けた。一番上の棚にある彼専用のボトルを取り出す間も、こちらを向く様子もない。
あぁ、やっぱり会話も出来ない。拒絶されているんだろうか。やはり、と思ってはいても、無視されるのは辛い。
そうやってにわかに落ち込みかけている間にも、彼はさっさと用事を済ませてキッチンを出て行こうとしていた。こうなればもうヤケだ。居ないものと思われているなら、何を言ったって構わないだろう。時計を見れば、いつの間にか日付は変わっている。四月二十日、〇時二分。
「爆豪、お、お誕生日おめでと!」
きっと私が最初に言えた。そう思えば優越感はある。彼が聞いていなかったとしても、目的は果たされた。私は満足だ。これでやっと安眠できる。
そう、思った。のに。
何故か爆豪は、私の言葉を聞いた瞬間、その場にピタリと静止した。えっ、まさか聞いてたの!?ヒェッ、ころされる!思わず逃げのポーズをしてしまいそうになったのは仕方がないと思うのだ。想っていることと、生命の危機は別問題。私だって長生きしたいんです!なるべく音を立てないように、右のスリッパが半歩後ずさった。
…あれ?待って?
「…爆豪?」
おかしい。私の目がおかしいのかな。いや、だってそうでしょう?なんか、後ろから見える爆豪の耳が赤く染まっている気がする。それから、何かをこらえるようにぷるぷると震えていることも。いや、怖いな!マジギレ寸前か!?
よし、逃げよう。速やかに。
じゃあ!おやすみ!と彼の脇をすり抜けて部屋に戻ろうとしたのに、その目論見は伸びて来た腕に阻止された。大きな手が私の手首を無遠慮に鷲掴んだ。無遠慮って無遠慮だよ。握力テストかってくらいに力を込めて。正直に言います、めちゃくちゃ痛い。そして逃げられない。
恐る恐る、爆豪の方を見る。幻覚でも何でもなく、爆豪の耳はやはり赤い。熱でもあるんだろうか。
「な、何でしょう。私、そろそろ寝ようと…」
「ふざけんなや何逃げようとしとんだ」
「い、いや逃げるよ。だって、」
「だっても何もねぇわ逃げてんじゃねえ殺すぞ」
「こ、ころさないで…」
いや本当に何なんだ。誕生日を祝われると無条件で攻撃性が増すのか?そういう注意書きは早めに欲しかった。爆豪の誕生日が私の命日なんてなんの冗談だ。
掴まれた手首は痛いし、ビクともしないし、さっきから爆豪は何かを堪えるように震えたままだし。こわいこわい。
その震える爆豪は、目を吊り上げながら私の方を見てくる。やっと目があった。
「ンで俺の誕生日なんか祝っとんだ罰ゲームかよ」
「そんなわけないでしょ。普通に、素直に、お祝いなんですけど」
「テメェ俺に今までほとんど話しかけて来んかっただろうが」
「それは近寄りがたいからで、」
「ア゛ァ!?」
「ヒィ!」
凄まれたらビビる。これも条件反射。
しかし、爆豪さっきからめちゃくちゃ早口なんだよな。それに、なんか手汗がすごい。掴まれた所がしっとりとするくらいには。え、マジで爆破されちゃうんだろうか。さすがに腕が無事じゃ済まないんだけど。
それとも、もしかして。
「爆豪、もしかして…照れてんの?」
「ハアァァァ!?ンなわけねぇだろハゲブッ飛ばすぞクソが黙れ死ね!!!」
「おお…」
いや、説得力皆無。私の一言で爆豪の顔が更に赤くなってしまった。ほんとに、まさかだ。今までの完璧な爆豪のイメージに、新しくギャップという項目が追加されてしまった。なんだか優越感さえ芽生える。
「来年も祝ってあげようか」
「ア!?」
「嬉しいんじゃないの?」
「キメェ勘違いしてんじゃねぇ!やっぱコロス!!」
「とりあえず静かにしようよ。今夜中だし」
「うるせぇテメェの施しなんぞ受けねぇぞ!」
「いや、誕生日プレゼントはまだ用意してないんだけどね」
「ハァァ!?ふざけんな!!」
「いるの?」
「いらねぇ!!」
なんだか楽しくなって、爆豪の一挙一動に見入ってしまう。言えてよかった。二人きりになれてよかった。だって人前ではきっと、言う勇気すらなかった。
そうして、激昂やら何ならで顔を赤くしたままの爆豪が部屋に戻ってしまうまで、私は彼を祝い倒すことに成功した。
翌日、朝から爆豪は機嫌が良かった。からかい半分で誕生日を祝った上鳴は早々に爆破されると思いきや足払いだけで済んだし、あの轟が祝いの言葉を伝えた時だってうるせぇ半分野郎という一言だけでガンつけることもなかった。珍しいこともあるものだ。これ幸いと、朝から皆が爆豪の誕生日を祝った。夜には砂藤がケーキを焼いて、ささやかにパーティもした。
そしてそんな騒ぎが過ぎて、皆が寝静まった頃。
「オイ」
「あ、爆豪」
「はよ寄越せやグズ」
昨晩と同じようにキッチンへと降りると、そこには既に爆豪がいた。連絡や示し合わせがあったわけではなく、全くの偶然であった。
「覚えてたか」
「ンだテメェ俺を騙したのかよ」
「いやいや。なんか、渡すタイミングないまま明日になっちゃうかもと思ってたからさ。良かった、爆豪が居て」
冷蔵庫に向かうと、自分のペットボトルの陰に隠しておいた紙袋を取り出す。片手に収まるくらいの小さな袋を爆豪へと放ると、彼は難なくキャッチしてくれた。その袋に目を落として、手触りを確かめている。
「ンだこれ」
「眠気覚ましのガム。めちゃくちゃ辛いやつだよ。ギャングオルカがCMしてるやつ」
「知らねぇ。つかプレゼントってこれかよ」
「要らないなら返品してくれても、」
「俺のモンだろがテメェに権限はねぇすっこんでろ」
「…さいですか」
何だかんだ言いつつも、素直に受け取ってくれたようで。昨晩と同じように薄っすらと赤く色付いた彼の耳を見て、自然と笑みがこぼれてしまった。それを目敏く見つけた爆豪が、顔をしかめてすかさず「キメェ」と言う。
なんとでも。そんな顔色で言われても、全然こわくないよ。
(2021/4/20) ▼ TOP