一年前、俺は不覚にもしてやられた。よりにもよって、あの女に、だ。
舐められるわけにはいかない。そんなことがあってはならない。
爆豪勝己がただの女に遅れをとるなど、金輪際ありえない。
ならば対策である。まず、あの女の行動を注視しなければならない。
そうは意気込んでみたものの、既に雄英を卒業た身である。クラスメイトの動向をいちいち追うことなど、したいとは思わない。いつもつるんでいる奴らに聞くのも癪だ。
考え抜いた先に思いついたのは、
迎え撃つことであった。
「あ、爆豪」
時は夕方、場所は事務所前。女はノコノコと姿を現した。朝型でない女は早朝には出会わない。ならば仕事終わりの夕方だ。計算通り。俺は威嚇するように両手を広げて構える。
「ンだてめぇ、何しに来やがった」
「まぁまぁまぁ」
女は呑気に手を振った。その姿を改めて注視する。仕事帰りであろう軽い服装。鞄は提げているが小さく、それほど大きな荷物も持っていない。
…コイツ、まさか今年もガムか何かで済ませようとしてんじゃねぇだろうな。殺す。
「ね、ちゃんと届いてた?」
「ア?」
「誕プレ、事務所宛にしたと思うんだけど」
「ア゛ァ!?」
まさかのまさかだ。迎撃どころか先回りされていたなどと。威嚇の姿勢のまま怒鳴るよりほかなくなった。
「知らねーわ言っとけや!!」
「いやだって、当日ちゃんと渡せるかわかんないし。確実でしょうに」
呑気なままの声を置き去りに、俺は事務所の中へ舞い戻った。まだ退勤していなかった同僚が、どうしたと声をかけてきたが無視する。目的地はデスクだ。
段ボール8個。デスクの背後にビルのように聳え立つ建築物。今年、どこのどいつから送られて来たのか分からない、得体の知れない宅配物の山。アイツが言っとった誕プレとやらはこの中にあンのかよ、クソが。
「うわ、めっちゃ貰ってる…」
呑気な声は俺を追いかけて来たらしい。なに部外者入れとんだとキレたくもなったが、提携事務所のヒーローとなればセキュリティはスルーできるらしい。これまた呑気な声と共に一方的に伝えて来た。
「さすが、雄英で一位を取りまくった期待のルーキーだわ」
「てめぇ、こン中に無かったらマジでシバき倒す」
「ええ…いや、あると思うよ…?」
運送会社の行き違いがなければ。なんて付け加えるのである。うるせぇ、あってたまるか、ンなしょうもない行き違いがよ。
一番上の段ボールを開き、無雑作に漁っていく。対して興味もなかったから、箱に入れる時も無雑作だった。そのおかげでぐしゃぐしゃになったラッピングもある。だが構うのもか。正式に俺宛なのは一つだけだ。
女が勿体ないとか騒いでるが、これも無視。元はと言えばてめぇのせいだわボケ。
「あ」
「ア?」
「これ、見て。緑谷からじゃん?」
楽しそうに女が段ボールから引っ張り出した包みを、即座に奪って殊更遠くに放り投げた。何でてめぇが出て来んだクソデク、死ね!
呑気な声が箱を追いかけていった。俺は捜索を再開する。一つ目の箱を横に投げ、次の箱、また次の箱。クソ、まじで見つかんねぇぞ、冗談じゃねぇ。
五つ目の箱を開け、そろそろまとめて爆破してもいいかと思い始めた頃。
「あ、それかも」
隣で包装の皺を一つひとつ丁寧に伸ばしていた女が、一つの包みを指した。ハッキリとしたオレンジ色の包装紙。差出人を確認すると、確かに女の名前だった。
さてブツは見つかったが、中身は何だ。重さは軽い、硬い物ではない。手触りを確かめ、ラッピングのロゴから推測した。
「…マウンテンパーカー」
「おお、正解」
ガムでなかったことは幸いだったが、当てられたならもっと悔しがれや、などと不当な苛立ちも湧いた。こいつ、俺が当てられると分かってたみてぇじゃねぇか。迎え撃ったことになんねーだろうが。
「サイズは大丈夫…だと思うけど」
「けど何だよ」
「いやぁ、センスは伴ってないからな…気にいるかどうかは…」
てめぇ勝手に送ってきたくせに、なに目の前でンな弱気なことぬかしとんだ。勢いに任せて包みを破った。女があ〜とか呻いていたが、やはり無視する。俺にはこれを開封する正当な権利があンだろうが。
簡易な包装の中、ビニールに包まれたパーカーは黒のメッシュ地に胴回りだけ蛍光オレンジの太いラインが入っていた。メーカー名を見れば、最上級に良い物ではないが、安い物でもないのはわかった。ンだよ、ガムじゃねぇモン寄越せんじゃねーか。
しばし包みを睨めつけていたのを不安に思ったのか、女が恐る恐るというように覗き込んできた。
「あのぉ…やっぱりだめ?」
「…40点」
「うわ意外と高い!」
「ア?」
「いや、だって、5点くらいの採点かと思ってたから…」
「てめぇのサイアクな数学の点数と同じにすんなボケ」
「何で覚えてんの!?」
何でも何も、赤点のままでは卒業出来ないからと猛勉強に付き合わせたのはどこのどいつだ。そんな恨みつらみも込めて冷ややかに見返してやる。そうだ、あの借り分に対して礼が足りてねぇだろ。
「おい、」
「えっ、何?やっぱり返品…?」
「ちげぇ。てめぇ、ここにサイン書け」
「えっ?」
パーカーのオレンジラインの部分を指して言えば、女はぽかんと間抜けな顔をした。これ以上を要求されるとは思わなかったのだろう。
「えっと…サインて、ヒーロー名?」
「たりめーだわ。てめぇの名前書いてどうすンだよ」
「いや、私のヒーロー名書くのも……どう……、痛ッ」
口ごたえを黙らせるために脳天にチョップをかます。少しぐらい馬鹿になったかもしれないが、既に社会に出ているならばテストの点数で困ることはないだろう。問題ない。
マーカーを持った手がオレンジのラインの上を滑っていく。頬杖をつきながらそれを見ていた。特段文字が上手いわけでも、売れているヒーローネームなわけでもない。けれど、不思議と気持ちが上向いた。これは間違いなく俺の勝ちでいいだろ。ザマァ。
これから一生、こいつの行動に真っ正面から迎え撃てばいい、そう思った。
文字を書き終えた女がちょっと曲がったかもとブツクサ不満を言っていたので、さっさとパーカーを奪い返す。俺のモンにグダグダ言っとんじゃねぇわ。
「いやぁ…うん。いや、うん…爆豪がいいならいいよ…」
なんてクダを巻いている女を放置して、段ボールを積み直していく。この段ボールどもは明日ボランティア団体にでもくれてやろう。頂く物は頂いたので、心置きなく帰路についた。軽い足取りで。
「えっ、ほんとに?…ほんとに置いてくつもりなの?爆豪さーん???」
(2022/4/20) ▼ TOP