「友達」の定義を問う

 1 |雄英1年・林間合宿前

窓際の席に座る彼のツンツン頭は陽の光に当たってきらきら輝く。水晶かべっこう飴みたいでとても綺麗だ。触ったことはないけれど、やっぱり硬いのかな?でも爆破の時には爆風になびくし、やっぱり柔らかいのかも。
教室の真ん中ほどの席、眠くなりそうな午後の授業のノートをとりながら、私はずっと考えている。どうしたら彼、爆豪くんと友達というレベルのお付き合いができるのかを。

話は変わるが、私と上鳴は幼馴染である。気心知れた仲としてよく話しかけることがある。なんだかんだ言って、上鳴はムードメーカーなところがあるので話しやすいのがありがたい。昨日のテレビがどうだったとか、中学の時の友達から連絡があったなどなど。共通の話題で意思疎通に困らない。
そして上鳴はその軽さから人を選ばず絡んでいくところがある。そう、選ばないのだ。たとえそれが爆発寸前の爆豪くんであったとしても。初めて目の前で上鳴が爆破された現場を見たときは、さすがに私も心配した。けれど、爆破されても意外とケロリとしている奴を見て、爆豪くんは加減をしているということに気が付いてしまった。そりゃあ本気の爆破は敵にぶつけるもんだけどさ。

気付いてしまってからは一瞬である。どうにもその粗暴の悪さ、口の悪さに隠れる気遣いが気になって気になって目で追うようになり、制服とヒーロースーツの着痩せ詐欺に眩暈がし、戦闘訓練での生き生きとした燃えるような赤い眼を見て息を呑む。
そうして私は立派に爆豪くんのフォロワーとなったのである。

いちフォロワーの目標としては、クラスメイトから友人へのランクアップを計画中である。切嶋くんや上鳴、瀬呂くんとはよくつるんでいるし、お昼も一緒だったりする。あれくらいが多分友達と言うレベルに相当するんだと思う。
でも、女子でそういうレベルの子はいない。麗日さんや耳郎さんがあだ名をつけられているのは正直羨ましいが、あれはクラスメイトというレベルだろう。その事実に私は少し安心してしまっている。いつか自分がクラス女子の友人第一人者になりたい、とも思っている。だが現実はそう上手くはいかない。だって相手は爆豪くんである。




「爆豪くん、一緒に帰りませんか」
「ウゼぇ、どけ」
今日も一蹴。潔いまでの玉砕。
私のありったけの笑顔を不機嫌顔で退け、のしのしと足音を立てて教室を出ていく爆豪くんを見送る。いつの間にか教室を飛び出していった切嶋くん、上鳴、瀬呂くんがそれに続いていた。くそう上鳴、抜け駆けとは許せない!
この一緒に帰ろう作戦は2週間前から続いている。勿論全敗中である。毎日終わりのホームルーム後に彼を引き留め、声を掛け、そして引き留められずに去られる。爆豪くんの「ウゼぇ、どけ」ももはやテンプレ化していて、私の中ではもはや挨拶かな?と思うくらいであった。
はぁ~っとため息をついて肩を落としていると、クラスメイトの賑やか女子組と目が合う。
「いやはや、よくやるねぇ」
芦戸ちゃんが笑いながら肩をたたいてきた。ドンマイという意味合いの込められた仕草に、ドンマイじゃないよ今日もきっとほんの少しだけ何かが変わったはずなんだよ、と自分を鼓舞する。ひょいと隣に現れた葉隠さんがあのさ~と続けた。
「めちゃくちゃ疑問なんだけど、爆豪の何がいいのよ。男子としてもかなり無理あるじゃん、主に性格がさ」
「かっこいいところ、声がいいところ、なんでもできるところ」
「それで性格に目を瞑れるのはアンタだけだわ~」
「そう?」
「そうだよ!」
私は無理だ~!と葉隠さんが笑った。
私だって全部に目を瞑ってるわけじゃない。でもかっこいいものはかっこいいんだよ。めちゃくちゃ強い個性と、それを使いこなす技量と、一番を目指す向上心と、あと頭もいいな…。ともかく彼はなんでもできてしまう。私だってヒーロー科のはしくれ、クラスのトップとあれば憧れてしまうのは仕方なくないかな?優しくないからダメ?そっかぁ…。

今、爆豪くんから私に向けられているベクトルは「無関心」だ。「嫌い」だったらもっと罵声されるだろうし、さっきだって、すり抜けざまに肩をぶつけられたりしていたのではないだろうか。「嫌い」じゃないから贔屓目で見て、私にもワンチャン、だと思っている。人から見たら呆れられそうな思考回路だが、私にとってはそういうものなのである。
「今日はだめだったけど、また明日頑張る。私も帰るわ、またね~!」
「がんばれ~!」
クラスメイトの応援を背に、私も昇降口へと向かう。明日も明後日も、きっとほんの少しだけ何かが変わるはずなのだ。変化は目に見えないけれど、きっと。




「あ」
「あ゛?」
さて、日々の玉砕にへこたれず爆豪くんへ下校時の挨拶もとい常套文句を欠かさなかった私だが、この日ばかりは本当に偶然だった。たまたまなのだ。たまたま声を掛けずに放課後、教室を後にしていた。
帰り道沿いにあるコンビニで新商品のスイーツを物色していた私は、棚の向こうに見えたツンツン頭を見て声を上げていた。店内にそれほど客はおらず、私の声はとてもよく響いて爆豪くんの耳に届いてしまった。勿論向こうからも反応があった。いかにも面倒くさい奴に出会ったとばかりに眉間にしわを寄せている。爆豪くんは本日、珍しくお一人様らしい。
「何してやがるストーカー」
「ストーカー…」
彼の放った単語をオウム返しのように呟いた。彼の中での認識はそうなのか…。そこまで付きまとってるつもりはなかったのだけど。現に今日だって、目的があるから話しかけたりしなかったのに。
そう、今日は新作のプリンの発売日なのだ。だから一緒に帰ろう、とは声を掛けてはいない。
「…毎日飽きもせず同じことしていやがるから、そういう生き物だと思っとったわ」
「そう思ってくれて結構ですよ。じゃあ、明日は声をかけます」
「ケッ」
珍しく口数の多い爆豪くんは、フンと鼻を鳴らしながら真っ赤なパッケージのスナック菓子を手にしている。あれも新作のやつだ。食べ物とか気を遣いそうなのに、爆豪くんでもそういうもの買うんだな…とつらつらと思いながら、ふと唐突に閃いた。というか何故気付かなかったのだろう。
そうだよ、ストーカー認定されているのならば、爆豪くんの許可など得ずに帰路に追従してしまえばよいのではないだろうか。
「…ご期待に応えて、今からストーカーします」
「ハァ?」
ストーカーはそう宣言したりはしないだろうが、私はもう相手にそう思われているので気にしないこととする。いかにもワケわからねぇといった表情をした爆豪くんは、どうでもよくなったのかいつもの足取りでレジへと向かった。私もそれに続いてプリンを買う。その時にはもう優先順位はプリンから爆豪くんに変わっていた。
まだ日は高く、道行く人もそう多くはない。私も爆豪くんも通学には電車を使うから目的地は同じ駅だ。彼の5歩ほど後ろをついて歩く。いつも何をもってして爆発するか分からないので、気を損ねないようになるべく足音に気を遣ってはみたものの、コンビニの袋ががさがさと音を立てるのであまり効果はないように思えた。
「ついてくんな」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃねェんだよ」
眉間のシワをいつもより多く寄せて、いかにも近寄るなという剣幕で爆豪くんは吐き捨てるように言う。
少しだけ丸まった猫背はずんずん進む。私も負けじと食らいつく。特に会話があるわけではない。だって私はストーカーなのである。
と、イライラが募ったのか爆豪くんが振り返らずに低い声で唸った。
「女ってのはよ、なんも知らん男によくもまぁベッタベッタ縋り付いて来れるもんだな、気色悪ィ」
「…知りたいから張り付いてるんじゃん」
心底分からないという顔で「勝手にしろクソが」と吐き捨てられた。そして私は「勝手にしろ」を「許可」と受け取った。ストーカーはとても強かなのである。
「ん?」
ふと視界の端に動くものがあった。下を見ると、どこからか転がってきたオレンジがひとつ、ふたつと歩道をころこほ転がっていった。そして何故か聞こえる、前を行く爆豪くんの盛大な舌打ち。
このオレンジは一体どこから、と出所を見つけるのと同時に、既に駆け出していた爆豪くんが前の歩道橋の階段に足を掛ける。階段の中腹ほどに居たおばあさんが、背負った大きな籠とともにふらりとよろけている最中だった。
悲劇を予想してしまう。足がすくむ。
「あ、」
危ない、と叫ぶ間もなく速やかに、数段飛ばして個性も使わずにその場所までたどり着いた爆豪くんの手が、大きな籠ごとおばあさんを支える。欄干を掴んだ手と人一人分を支える手のひらは少しも揺るがない。完璧な救出劇だった。
彼は舌打ちをした時にはもう飛び出していたのだ。結構距離は離れていたのに、彼の運動能力も反応速度も彼の功績を裏付けるものであった。 目の前の背中だけを見ていて全く気づけなかったことを猛省しつつ、ふーっと詰めていた息を吐く。駆け出す時に投げ出したであろう彼のカバンが私の足元で存在を主張していた。それを拾いながら、オレンジも回収する。歩道を歩いていた人も拾ってくれていた。
「怪我は?」
「無ぇ」
私の手から引ったくるようにしてカバンを回収した爆豪くんは、何事もなかったようにすたすたと歩いて行ってしまう。助けたおばあさんに一言も声を掛けることなく。
置いていかれた私がぽかんとしているうちに、おばあさんがありがとうねぇとぺこぺこ頭を下げていた。同じ制服だったから友人かと思われたのだろうか。呆けたままの私の手にお礼にとオレンジが乗せられる。違う、私は何もしていないのに。
どこからともなく拍手が起こっていた。それを受け取るべき主役は既に遥か彼方。
「ありがとう、ヒーロー!」
彼だってヒーロー科なのだから、こんな人助けは当たり前でなくてはならないはずなのだ。でも殊更戦闘面において攻撃に重きを置き自己主張の強い彼が、さらりと人助けをしてしまうなんて。
「…今のはちょっとかっこよすぎじゃないですかね」
「彼女さんかい?彼、かっこいいねぇ」
「……かの、じょ、じゃないです…」
搾り出すように呟いた声は弱かった。彼と私はまだ友達ですらない。ヒーロー科の、同じヒーローを目指すクラスメイト。ただそれだけ。




そう、そんな光景を目にしてしまったから、というのは言い訳かもしれないけれど。
その後、駅のホームで激昂するサラリーマン2人を見つけて仲裁に入ろうとしたところ、一方の振りかぶった肘が私の頬にクリーンヒットしたのである。すごい音しなかった?今。めちゃくちゃ痛かったけど歯は折れていないようだ。良かった。
言い争っていた2人も青くなってひたすら謝ってくれた。謝るくらいなら最初から争わないでほしかったけど、体裁はどうあれ騒ぎは収まったので、お詫びの為に連絡をと名刺を差し出す2人を宥めつつ逃げるようにその場を去った。日々戦闘訓練をしているのに、避けられなかったのがあまりにも恥ずかしかったので。ヒーロー活動は慈善だし!見返りは求めません!
そして家についてから顔の痣にドン引きした。
「………これ湿布で隠れるかな」
いや無理でしょ。自問自答は夜更けまで続いた。




翌朝、ファンデーションやコンシーラーでどうにもならなかったので結局上から湿布を貼り付けて登校した。電車の中でも誰かにチラチラ見られている気がして落ち着かない。多分そんなに気にしている人はいないんだろうけど、怪我を作ってしまった失態を思い出すと恥ずかしくて隠れたい気持ちの方が勝った。改札を駆け抜けて、1秒でもはやくと教室に飛び込んだ。
「えっ、何したん、それ」
机に鞄を置いた矢先、ギョッとした目と目が合った。湿布でギリギリ隠れたものの、頬一面が隠れていれば心配もされることだろう。真っ先にお茶子ちゃんから指摘され、曖昧に笑いつつ「ちょっと人助けをしまして」と答える。誰かが教室に入って来るたびにお茶子ちゃんと同じ反応をされ、私は段々申し訳なさを感じていく。
爆豪くんだけはそもそも関心すらないのでさっさと自分の席に座っていた。私は彼に用事があったことを思い出し、つかつかと机の隣まで行く。「おはよう」と声を掛けたものの、返事は返ってこなかった。まぁそこは期待していないからいいんだ。いつもの吊り上がった目が私を捉える。彼から暴言が飛び出す前に包みを眼前に突き出した。
「ンだこれ」
「オレンジ、昨日助けたおばあさんから。爆豪くんが貰ってくれないからって私が押し付けられたの」
「いらねーわ」
「私だって貰うわけにいかないじゃん…見てただけなのに」
「見てただけ。ハッ、ヒーロー志望が聞いて呆れる」
「…そーよ、だから受け取ってよ、助けてくれたヒーローさん」
彼は理解したのかフンと鼻を鳴らした。それからようやく私の頬の湿布に気づいたのか、じぃっとこちらを睨んでくる。
「え、なに?」
「…………………ブス」
「はぁぁ???」
これにはさすがの私もカチンときた。爆豪くんの中でどういう処理がなされたのかはわからないし、脈絡のない罵倒も彼の性格からすれば今更だが、昨日のあれやこれやで自尊心をだいぶへこませていた私にとっては聞き捨てならない言葉だった。
「爆豪くんちょっと、今のめちゃくちゃムカついたから放課後戦闘訓練付き合ってよ」
「ア?何でだ」
「元はといえば爆豪くんのせいなんだからね、これ」
「ア??」
そもそも10割10分10厘自分のせいではあったが、気が高ぶっていた私はあわよくば訓練と称して一発ぶん殴ったろ、とか考えていた。あなたのせい、と言って彼が罪悪感を感じるとはミジンコほどにも思わなかった。彼に話にのらせるための口実だ。お互いにしばし睨み合いの後、ぶすっとした爆豪くんが目を逸らして言った。
「…施設の使用許可はテメーで取れや」
「おっけー、逃げないでよね」
「ハ、上等」
爆豪くんの目にギラリとした闘志が宿ったのに気がついて心が震えた。
思えばこれが初めて、私の誘いに彼がのった瞬間であった。悲しいことにその事実に全く気が付かなかったのだけど。挑発に乗ったのがどちらなのか分かりもしない。




結果として、一発どころか触れる事すら叶わなかった。そりゃそういう個性だけどさ、飛べるって反則じゃない?ほぼ一方的に爆破されて終わった。そりゃ喧嘩吹っ掛けたのは自分ですけど、手加減という言葉すら彼の辞書には存在しないんだろうか。
仰向けに倒れて息も絶え絶えの私に容赦なく投げつけられるスポドリは、少しだけ拉げて床に転がった。腹立つ。
「オラ、満足したかよザコ」
「くそー…腹立つ」
「何で噛みついてきやがってのかもわからねぇほどクソ弱ェ」
「まじで腹立つ…!」
「そもそもヒーロー科なら相手の個性くらい分かっとるだろが。ノープランとかクソダセェことすんなブス」
「あああ~~~めちゃくちゃ腹立つ…!!!」
立て続けの罵倒に一切言い返せない。本当に情けないことに私はバカだということを身をもって知ってしまったのだから。
そうだよヒーロー科なんだよ。人助けをしなきゃいけなかった。戦う相手のことを考えて戦略を立てないといけなかった。全部できてなかったんだ私は。悔しくて涙が出そうになるのをぐぐっと堪える。これ以上ブスと罵られたらさすがに心が折れそうだし。
爆豪くんはなんでもできる。有言実行。そう、私はそういう彼だから見ていたのだから。だから悔しい。同じクラスで切磋琢磨、できてないじゃん私。
施設使用時間期限まであと少し、爆豪くんは「帰る」とだけ呟いてすたすたと出て行こうとしてしまう。その背に向かって叫んだ。
「明日も呼ぶからね!」
「あ?」
縋っていた。何に、なんてわからない。このよくわからない関係が、彼に勝てない悔しさが、何一つ出来てない自分の不甲斐なさが、ぐちゃぐちゃになって溢れ出していた。こういう女々しい仕草は爆豪くんの嫌悪するものだろうと思っていたのに耐えられなかった。
「爆豪くんに勝つまで続ける!」
「お前ほんとにワケわかんねぇな…」
「わかるまで付き合ってよ!!」
「俺ァお前みたいに暇持て余してねンだよ!しね!」
「私だって!! 私だって、今、必死にならなきゃ、」
これ以上みっともない姿を晒してどうするつもりなんだ。顔が熱くなって、涙が競り上がる。泣くな、泣くな。膝をつき、蹲るように顔を隠した。
舌打ちが聞こえる。絶対、めんどくさい女だと思われてる。益々悔しくなる。
「オイ」
いつの間にか爆豪くんが傍まで来ていた。
上から降りかかった声は静かだった。普段の彼からは予想できないくらいに。
「ヒーローになりたきゃまず出来ること考えやがれ。テメェは自分の個性をアクセサリーみてェにぶら下げとくつもりかよ。考える頭がねぇとは言わせねェぞ、おいコラ」
「ある、あるよ。だから次は、勝つ、私が…」
「…来週、木曜。施設許可はテメーで取れ」
私がその言葉の意味を噛み砕いている間に彼は出て行ってしまった。来週、木曜。
「…次、」
次をくれた。
彼からしてみたら個性を使って暴れられるなら何でもよかったのかもしれない。それでも私は、その次に縋ってしまうのだ。

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