「恋人」の構文は難解

 12 |みんなのお祝いと、相変わらずの二人

雄英高校の戦闘訓練施設に入るのは、卒業以来だ。
爆豪くんの休みと私の早番が重なった日、私はここへ彼を誘った。相澤先生に連絡をとって特別に許可をもらったのだ。校門も敷地も建物も変わりなく、私達が過ごした雄英のまま。卒業したのは数年前なのに、もうずっと前のことのように感じる。
施設にたどり着いて、着慣れたスーツに着替える。あの頃よりずっと対爆性の強化されたグローブもはめた。
「じゃあ、お手合わせよろしく」
「ハ、手加減しねぇぞ」
久しぶりの対峙は高揚する。それは彼の方も同じだったようで、ギラギラとした眼はあの頃のまま。それがたまらなく嬉しかった。

先に動いたのは爆豪くんだった。手のひらに爆破を集中させた爆速はいつにも増して速い。その一瞬で分割する間もないと悟り、動きを予測しながらガードの姿勢を取った。爆速自体は直線運動。彼がもう一つの手で爆破をすれば、軌道が変わる。
「オラァッ!!」
変わらない、直線だ。判断して振りかぶってくる腕と同じ方へ動いた。分割で爆破の威力を緩和しながら、相手の背へと向かう。爆豪くんほどの力のない私は人間の弱点を突くことに集中する。関節、手足首、もしくは怯ませるための脇腹。
「チッ、」
繰り出した手刀は空振った。咄嗟に身体を捻った爆豪くんは一定距離を取る。息つく間もなく、またこちらへ飛び込んでくる。爆破を使わずともその動きは素早い。
彼の振り上げた手の先、グローブが頬を掠った。攻撃を避け、背を逸らせた姿勢のまま蹴り上げて左手の掴み掛かりを阻止する。
掠れた頬がじりじりと痛んだ。鬱血しているだろう。
「いっ…たいなぁ!」
「避けねぇてめぇが悪い」
「芯に当たってないなら避けられたって言うんです」
「ア゛ァ!?ブチ当てんぞブス!!」
「やれるもんならやってみなさいよ!」
売り言葉に買い言葉。荒い言葉遣いをしていても、お互いに笑っているのだから心底可笑しい。だって楽しいんだからしょうがないじゃない。
対爆性のグローブが焼け付くような熱を伝えてきたのは久しぶりだった。手のひらが熱い。本気の爆豪くんの爆破は、もっともっとこんなもんじゃない。けれど、今ならそれすら受けて立ってやるという気概でいた。




「ハ、俺の勝ちだわ」
「はぁ~~、参りました」
しばらくの攻防ののち、先に体力落ちてきた私は咄嗟の足払いに対処できず、転倒したところを抑えられて決着がついた。また黒星を重ねてしまったが、もはや勝ち負けなどより爆豪くんと本気でぶつかれるのが嬉しかった。
二人で向かい合って座り込んで。そうだ、私たちはずっとこの距離感だったんだ。
「爆豪くん、さ。たまにここ来ない?」
「あ?」
「やっぱり楽しいんだよね、爆豪くんと手合わせするの。だからまた来れたらなって。許可、私取るからさ」
「…暇がありゃな」
トレードマークの黒いヒーローマスクを押し上げて、ぽつりと返してくる彼の横顔。先程の猛々しい雰囲気はどこかへいってしまって、なんとなく柔らかい笑みを浮かべていた。爆豪くんも楽しかったんだろうか。そうだったら嬉しい。
「お前ら、相変わらずだな」
二人だけだと思っていたから、第三者の声に勢いよく振り返ってしまった。いつのまにか施設の中にいたのは、ずっと見守ってきてくれた恩師だった。
「相澤先生!?」
「別に驚くことはないだろ。俺が許可したんだからな」
「そりゃそうですけど…」
「二人とも、ちょっとこっちに来い」
久しぶりの恩師の手招きに、爆豪くんと顔を見合わせた。早くしろと急かされて、学生の頃の習性でついその言葉に従ってしまう。爆豪くんも渋々と私に続いて。もう除籍なんて関係ないのに。
そうして先生から三メートル手前くらいまで近づいた時。

パパパン!!パン!

突然、クラッカー音が鳴り響いた。何事かと身を縮ませる私の前に、爆豪くんの背が割り込んでくる。一体何なんだ。混乱する私たちの前で、相澤先生が上を見上げて呆れたように呟いた。
「おい、くす玉割れるんじゃないのか」
「くす玉…?」
私も上に視線をやった。そこには大きなくす玉がある。さっきまではこんなものなかったのに。ぽかんと見上げる私の耳に、チリチリと火花を散らす音が聞こえてきた。手のひらで小爆発を起こしている爆豪くんが顔を引きつらせて唸る。あ、キレかけだ。
「おい、こりゃどういうことだ。俺をハメようってか?上等だわ、ブチころす」
「お前ら出てこい。説明してやれ」
「あ~っ、待って先生!今割る!割れるから!」
どこからか上鳴の声がした。それと同時に、頭上のくす玉もぱかっと割れる。そこから落ちてくるカラフルな紙ふぶきと、重力に従って垂れる幕。
そこには爆豪くんと私の名前、そして結婚おめでとうと書かれている。
「え、」
「………は?」
「おい、説明。俺はしないぞ」
立ち尽くす私たち、私たち以外に語りかける相澤先生、くす玉からはらはらと落ちてくる残りの紙ふぶき。色のシャワーを浴びながら、誰か早くこの状況を説明して欲しいと思った。でないと、隣にいる爆発さん太郎が爆発するから。というか、もうしてる。
「コロス!!」
「待て待て爆豪!!!」
次は切島くんの声。すると、声のしたところから薄い膜のようなものが剥がれ落ちていく。カモフラージュされていた空間から現れたのは、元A組の面々。みんな一様にクラッカーを手にして、
「おめでとー!!!」
呆気にとられる私たちを他所に、またパパパンと派手にクラッカーが打ち鳴らされた。




「何っっっだこりゃあ!アァ!?」
「落ち着け爆豪くん!これはA組からのお祝いだ!」
「祝いだァ?」
荒ぶる爆豪くんを宥めたのは飯田くんだった。相変わらずの機械的な動きと共に説明してくれる。
「君たち、近いうちに結婚をするのだろう。A組の仲間としてこれを祝わない訳にはいかない。そこで皆んなと打ち合わせて、相澤先生にも協力を頂いてこのような催しを…」
「何っっっで知ってんだよ!俺ァひとっことも伝えてねぇわ!」
「わ、私も言ってない…よね。何で?」
「君のお母様からの連絡だ。君はどうせ言わないだろうから、私から言っておくと」
「クッソバッバァァァァァ!!!」
それはどんな連絡網なんだ。確かに私も爆豪くんも、クラスメイトに伝えるのは後でもいい、なんて思っていたのに。光己さんには全部お見通しだったようだ。さすが爆豪くんのお母さん。
周りを見れば、皆んな一様に全力で祝福してくれるというムード。正直、取り囲まれているので落ち着かない。
目のやり場に困って爆豪くんの方を見ようとて、しかしさっきまで怒鳴っていた彼は忽然と姿を消していた。
「あ、あれ?爆豪くん?」
先ほどまで隣にいたのに、その姿を見失った。まさか誰か爆破しに行った!?その攻撃先を探そうとしていると、不意に手を誰かに掴まれた。
「さー、あんたはこっち!」
「え?あっ、ちょっ、なになに!?」
芦戸さんに強く手を引かれ、施設横の管理室へと速やかに連行される。さっきまで周りにいた女子がそれに続いた。部屋に入ると、八百万さんが衣装ケースとともに待ち構えていた。
「ヤオモモ!準備は!?」
「出来てますわ」
「あ~、その前に手当てかな」
「ほらほら、動かないでじっとする!梅雨ちゃん、傷用のスプレーってある?」
「あるわ。傷口を洗ってから使ってね。爆豪ちゃん、本当に容赦ないわね」
「ほんとそれ。普通こんな怪我させないでしょ」
そうやってされるがままに、もうどうにでもしてくれと諦めモードでじっとしている間にあれやこれやと塗られて着せ替えられていった。みんなとても手際がいい。ふんわりとしたお化粧の匂いが鼻をくすぐる。
「ほい、もう目開けていーよ」
「我ながら完璧ですわ!」
「…いや、本当にどういうことなの」
完璧にウェディングドレスを着せられた私は、それだけ呟くだけでやっとだった。




元いた場所に戻ると、そこにはいつの間にか白いタキシードになった爆豪くんが居た。ギリギリと上鳴を締め上げながら、何事かを叫んでいる。やっぱり標的は上鳴に行ったのかと止めに入ろうかと思ったが、何やら二人の雰囲気がいつもと違う。
「てめぇ、マジで何なんだこの茶番はよォ…」
「何って、こうでもしなきゃお前ら祝わせてくれないだろ?」
「うっせー!頼んでねぇわ!」
「バクゴー、お前に俺言ったよな、任せるって。お前のためだけじゃないからな」
上鳴の諭すような言葉に、爆豪くんが押し黙る。一体二人でなんの話をしているんだろう。「わーっとるわ」とぼそりと呟いた一言で、上鳴も苦く笑った。
所在無さげに彷徨っていた爆豪くんの視線が私を捉えたのはその後のこと。不機嫌そうだった目が一気に覚めたように見開いていく。鳩が豆鉄砲ってこのことか。
「こ、こういうのってきっと、エステとかダイエットとかした後に着るんだよね。二の腕とか、今あんまり晒せるような見た目じゃないんだけど…その…」
なんとか釈明の弁を述べる。別にそこまでだらしのない贅肉がついているわけではないが、こんな格好をするのならそれなりの努力をしたかった。勿論、サプライズなのでそんなことは叶わない願いであった。
対する爆豪くんはまだ固まったままだ。あぁ、その視線はどこを見ているんだろう。顔?髪?この衣装?どこにダメ出しをされても受けて立つけれど、ピシッとタキシードを決めた彼に釣り合うような容姿でないのは許容してほしい、というか。
「ば、爆豪くんはカッコいいよね。あー、でもやっぱり黒い方が似合、」
言葉は唐突に遮られる。ずかずかと近寄ってきた爆豪くんによって、折角セットしてもらった頭をガッと掴まれた。突如視界不良にされたと思えば、呪詛のような長い長いため息を吐かれる。
「………ふざけんなよてめぇ」
「いや、ふざけてはない、かな。気付いたらもう着せられてて…。というか爆豪くんだって着替えさせられたんでしょ?」
「うるせぇ!俺の意思じゃねンだわ、こんなモン。今すぐ破り捨てて、」
「わ、ダメダメ!そんな高そうなタキシード!衣装に罪はないでしょ!」
「あるわ!ありまくりだわ!」
「えぇ…。うーん、でもやっぱりカッコいいからもうちょっとそのままで…」
またチッと舌打ち。でもカッコいいのは本当だよ。
少しだけサイドが撫でつけられてピッシリと決まった髪型とか、良いタキシードに見劣りしない身体のラインとか、色味の薄い中で鋭く光る赤い目とか。これ、誰か後で写真撮って送ってくれるのかな。この場で目に焼き付けるだけなのは何となく惜しい。
「…てめぇも、白いのは似合わねぇんじゃねぇか」
「やっぱり、そう思う?」
「少なくとももう処女じゃねぇんだしよ」
「そ、それとこれとは関係な…」
「あんだろ。白を着るってのは…そういう意味だわ」
「え、そうなの?爆豪くん、よく知ってるね」
私がそう返すと、爆豪くんはすかさず顔を顰める。女の癖に知らねぇんかよ、みたいなうんざりした顔はやめてほしい。
ぱんぱん、と麗日さんが手を叩いた音が響いた。私も爆豪くんもそちらに気を取られる。彼女は満面の笑みで私たちを見ていた。
「ハイハイお二人さん、イチャつくのは後ね」
「ハァ!?イチャついてねぇ!」
「爆豪も、進まねぇから。ほらほら並べって!」
砂藤くんに背中を押され、二人そろって皆の前に突き出された。もしかして、衣装だけじゃなくてこれ以降も何かやるの?心の準備も全然していないのに。
そんな心配をしている私をよそに、上鳴がいつも通りの軽い口調で言った。
「そういや神父役どうすんの?」
「常闇とかどう?」
「漆黒のみが我に与えられた使命に非ず」
「うん、ややこしくなりそうだから……切島!」
「俺かよ!」
瀬呂くんに指名された切島くんが私たちの前に立った。
ブーケを持つ手につい力が入る。こんな一生に一度のサプライズ、緊張しないわけがない。どきどきしているのは私だけなの?ちらりと隣を盗み見ると、爆豪くんは目の前の切島くんを威嚇するようにガンをつけている。あまりに相変わらずすぎて幾分か力が抜けてしまった。
「あ~。誓いの言葉、何て言うんだっけ?」
「健やかなる時も~ってやつ?」
「そうそれ!バクゴー、誓うか!?」
「適当かよ!」
みんなの視線が爆豪くんに集まる。私は何となく、彼がこんな茶番に付き合うとは思えず、恐る恐るという感じで隣を見たのだが、やっぱりというか何というか。ぶすっと不機嫌を隠しもせずに、彼はきっぱりと言い放った。
「誰に何を誓うっつーんだ。俺は俺以外信じてねぇ」
「うわダメじゃん!」
「NG!今のNGで!!」
「この際、新婦だけでもいいんじゃない?誓いますか!」
「え!?えっと、」
周囲の視線が一気に私に集まった。勿論、爆豪くんも私を見ている。そんな唐突に言われても。
いや、分かるよ。こういう場面では誓いますって言うんだ。ドラマでも何度も見たことある。そこで感動的なBGMが流れて…。
けれどなんとなく、神様でも、ここに集まったクラスメイトでもなく、爆豪くんに宣言しなくてはならない気がした。その目が言葉を待っている。そんな気がして。
私は私なりに、誓わなければいけないと思った。
「宣誓!私は、爆豪くんの良きライバルであり、良き理解者であると誓います!」
「……は?」
「もとい、これからも、…よ、よろしくお願いします!」
右手をぴしっと上げて、爆豪くんに向けてそう宣言した。もちろん声は震えた。心も震えていた。だってみんなの前だ。恥ずかしいに決まってる。けれど。
あなたがヒーローである時、そうでない時、私はずっとそばに居て、その姿を見届けて。あなたがどうしても折れそうになったり、自分がどうしても許せなくなった時、背中を蹴飛ばしてでも立たせてみせる。絶対に勝つと豪語するあなたが、そんなヒーローになるために。そんなあなたと共にある私であるために。
「バクゴー、お前嫁ににこんだけ言われて何も無いはねぇだろ。ほら、仕切り直し!」
「爆豪、言えねぇのか?俺が言ってやろうか」
「ダメだよ、轟。そういうんじゃないからね」
「爆豪ちゃん、」
「爆豪!」
「かっちゃん」
皆が皆して爆豪くんを囃し立てていたが、当の爆豪くん自体は私をじいっと見たまま。私の言った言葉をちゃんと受け止めてくれたんだろうか。それとも、これでは及第点にも及ばなかったのだろうか。半ば死刑宣告を待つような心持ちだったが、爆豪くんの口端が僅かに動いたのが見えた。
私はその表情をよく見たことがある。さっきの久しぶりのタイマンの時にも見た、爆豪くんが気を昂ぶらせて赤い眼を光らせる、その奇跡のような表情。爆豪くんが本気で気分が高揚した時の顔だ。皆が言うにはヴィラン顔だと言うけれど、私から見れば本当に勝気な爆豪くんらしい、そんな顔。
「ハ、上等だ。よろしくし殺したるわ。一生逃げらんねぇと思え。つか逃がさねぇ。てめぇはせいぜい俺と生死を共にしやがれブス」
中指を突き立てながらの高らかな口上。
その言葉を聞いて、男子は轟くん以外みんな膝から崩れ落ちて小学生かよと無力感に苛まれ、女子は一様にナニソレ!ロマンチックじゃない!ブスはやめなよね等と非難の声を上げ、周囲は一気に騒がしくなった。
真正面からその言葉を受け取った私はといえば、彼なりの威厳の張った愛情表現は今更であるし、ほんのり赤くなった彼の頬が激高ではなく照れからくるものだと気が付いていた。

何でもできるのに不器用で、口より先に手が出て、私の頭に何度となくアームクローをかまし、時には蹴りもかまされ、照れ隠しに全力の握力でもって私の手を握りつぶそうとし、渋々ながらも完璧なプリンを作ってくれて。そして、誰よりも上を目指して頑張っている爆豪くん。
そんなあなたと生死を共にするだなんて、これ以上ないほど完璧な殺し文句だ。

ブーケも投げてよね!と言われたことなど忘れ、気が付けば私は爆豪くんに思い切り抱きついていた。




そんな結婚式もあったな。私たちはもう夫婦になって、同じ「爆豪」の苗字。けれど、私はいつまでも爆豪くんと呼んでしまう。爆豪くんの方も何も言ってこないから、この呼び方は継続したまま。
「また爆豪くんの作ったプリン食べたいな~」
「甘ったれんじゃねぇ。隣に立って覚えるくらいしろや!」
「教えてくれるの!?お願いします!」
夕飯の支度のためにキッチンに入っていた爆豪くんの隣に立つと、調子に乗るな、といつものアームクローをかまされた。手が大きいんだよなぁ、なんて呑気に思っていると、彼の方が何故か顔を顰めている。
「何、その顔」
「普通、俺のアームクロー食らった奴はビビんだよ」
「それは爆破するからでしょ」
「てめぇは最初からビビってなかったろうが」
あれ、そうだっけ。
記憶を遡ってみても、確かに何故か爆破されないという思い込みが先行していた気がする。目の前で上鳴があんなに爆破されていたのに。
もしかしたら、無意識に爆豪くんは乱暴だけど、本当は優しいのだと信じていたのかもしれない。今こうして触れられるのだから、その信念は間違っていなかったのだ。
「そういう精神の太ましいとこが、癪だが悪くねぇ」
「気に触るのか触らないのかどっちなの、それ」
顔を覆っていた手は頬の方に滑り落ち、それから思い切り頬を抓る。痛いと音を上げ頬を擦る私をよそに、爆豪くんは心底嬉しそうに「馬ァ鹿」と言った。

(2020/12/12) <PREV▼ TOP|END.