ガーネットの献身

 1 |私が見初めた竜の話

「爆豪、もっと早く!」
「うるっせぇ!黙ってしがみ付いてろや!!」
言われた通り、鞍にお腹がつくくらいに伏せる。爆豪と呼ばれた赤い竜はぐんぐん勢いを増して、雲を切るように突き進んだ。周りの景色が全然追いつかないくらいに速い。
鬱蒼とした森の上空を飛ぶ。遥か向こうには雲より高い峰が連なるのが微かに見えた。私たちの目的地はそちらではない。目を凝らして前を向いた。
この風圧では、まともに目を開けてはいられない。ゴーグルを持ってきておいて良かった。
「見えた」
遥か前方、陽の光に照らされる影。それを見つけてぽつりと声が出た。イエロードラゴン。その鱗が琥珀のような輝きを持つ、大型の翼竜だ。希少種ではないものの、鱗は装飾やまじない、皮は袋や靴に、肉は保存食にと余すところなく使える獲物。
そして、私の狩りの初戦にとっても不足のない相手だった。
「背中を噛む。しくじんじゃねぇぞ」
「わかってるよ!」
赤い竜はふん、と鼻を鳴らすとさらに上へと大きな身体を捻らせて飛んだ。イエロードラゴンが真下に見える。相手の死角に回り込んだのだ。直後、急降下。獲物に到達するまではほんの僅かな時間しかかからなかった。
咆哮とともに、赤い竜の牙が獲物の背中に食らいついた。硬い鱗をものともせず、その尖った牙が肉に深々と突き刺さる。琥珀色の鱗が割れてバキバキと音がした。不意打ちを食らった獲物は身体を捩って抵抗する。
その間に私がイエロードラゴンの目の後ろ辺りに狙いを定め、細く尖った銛を放った。ドラゴンの体のうち最も鱗が小さく、皮の薄い薄い場所だ。銛は確かにその場所に深く突き刺さった。
空を揺るがすような咆哮が轟く。イエロードラゴンは身を捩り、必死に抵抗した。思わず振り落とされそうになって手綱を必死に握った。
「グルウゥゥ!」
赤い竜が再びその首に食らいつく。仕留められそうなドラゴンが生きようと必死にもがくその姿、その生命力を見て、少しだけ怯んでしまった。力を込めていた脚が鞍からふわりと離れ、身体が浮く。
「わ、」
重力に従って下へ落ちる。そう理解したら胸がぎゅうっと萎んだような気になった。本能が死を悟って、恐怖が身体中に伝播する。強く握っている手綱だけでは空中で身体を支えられない。
………死ぬ。
「アホ馬鹿カスボケがァ!」
爆豪が叫んだ。強烈な罵倒を轟かせながらその巨体を空中で反転させ、落ちそうになっている私を腹の方へ誘導してくれる。必死に手を伸ばして前脚に掴まった。けれど、空中で不安定なことに変わりはない。
手負いのイエロードラゴンは弱々しく翼を動かしていたが、やがて銛の麻痺毒が回ったのか地上に落ちていくのが見えた。とりあえず獲物は仕留めた。あとは集落へ戻るだけ。
「てめぇ、そのまましがみ付いていれんのかよ」
「無理、かも、」
「チッ…一回手離せ。その方が早ぇ」
こんな上空で手を離せば、それこそ死んでしまう。当たり前だ、私は飛べないんだから。けれど、彼の足りない言葉からどうしたいのかを汲む。
「じゃあ、離すよ。…受け止めてね」
「くださいだろ、グズ」
両の手を広げると、身体は自然に落下した。このまま地上まで到達すれば死ぬ。怖いとは思ったけれど、同時に絶対に大丈夫だとも思った。大きな赤い竜がすぐさま身を翻し、私を掬いに来てくれたから。




「すごい!これイエロードラゴンじゃないか!しかもこんなに大きいの!もう立派な狩人だ!」
みんなはそう言ってくれたけれど、私の心は沈んでいた。初めての本格的な狩りの高揚も、初めての獲物の歓喜も、目の前の赤い視線に比べたらどうでも良かった。
爆豪はもう竜の姿ではない。赤いマントを背負い、竜族の装飾に身を包む。日に透ける硬質な髪をなびかせ、私と同じ人間の姿になって鋭い眼を向けてきた。
「てめぇ、何だよあのザマは」
「ごめん、少し油断した…」
「俺はまだてめぇを認めねぇ。余所見して落ちかけるような奴と組んでたまるか。覚えとけボケ」
それきり、爆豪はその場を去っていった。誰よりも認めて欲しかった赤い竜の辛辣な評価に、私はただ項垂れるしかなかった。




大陸の東の端にある広い山岳地帯。その中に私の住む街がある。比較的温暖な気候と、南北の商業ルートにもなっていて、そこそこに栄えている街だ。この街の主要産業は気候に適した農作物、ではなく狩猟である。それにはこの土地特有の事情があった。
街の近くには険しく聳える山々があり、その上に住んでいるのは竜族だ。その力で他の民族を従え、誇り高く、独特な風習を持つ。何といっても、その名の如く姿を竜に変えることができるのだ。竜の力は人間の時の比ではない。彼らは長い歴史の中で、何者にも負けたことがないと言われるほど強い民族だった。
それほどの民族が私たちの街へ来て狩猟の手伝いをする理由は、言ってしまえば外貨のためだ。クローズドなコミュニティであれば強ければそれで良かったが、他民族との交流に必要になってくるのが外貨だ。それを得るために、一時的に力を貸し、金を稼いでいる。
そんな竜族とともに狩りに出る人間は、竜の小間使いと呼ばれた。その名の通り、竜族の力を借り、竜族のために獲物を狩り、竜族のために獲物を売り捌く。名称だけで言えばていのいい下っ端であるが、その実かなりのスキルが必要になる。まずもって荒ぶり自分の意のままに飛ぶ竜の背に乗る時点で、かなりの人間は無理だと悟るだろう。




「はぁ〜〜」
爆豪に窘められたからといって落ち込んでばかりもいられなかった。自宅横の工房に入り、狩ったばかりのイエロードラゴンを目の前にして腕まくりをする。竜に乗るのも好きだけれど、こちらの作業もあまり苦ではない。というか、竜の小間使いとして生きていくのに苦などと言っていては、竜に愛想を尽かされる方が先だ。
「よし、ちゃっちゃと片しますか」
まず琥珀色の鱗を丁寧に剥がして麻袋に詰める。こちらは装飾品の店に。
それから皮を剥がして伸ばす。皮のなめしにはミモザの薬液を使い、十分に浸かったら天日に干す。
肉は適当な大きさに切って塩を塗る。こちらも保存食になるので軒先に吊るす。
最後に残った骨も川で洗って乾かす。乾燥すれば魔除けや薬に使われるのだ。

全ての作業が終わったのは日が暮れる頃。大急ぎで工房を飛び出し、鱗だけ装飾の店に卸した。金貨20枚、爆豪の取り分が7割だ。
家に着くと、部屋の灯りがついていることについため息が漏れた。また居るな、あいつ。
「ただいま〜」
一人暮らしの家に返る声はない。けれど、私以外の気配が寝室にある。薄く開いたドアから灯りが漏れているのだ。それを無視してとりあえず夕食を食べる。気配の主を問い詰めるのはその後だ。




「何度も言うけど、そこ私の寝床なんだけど」
「…うるせぇザコ。竜にまともに乗れてもいねぇ分際で贅沢なこと言ってんじゃねぇ」
ベッドの上で寝そべっていた爆豪に呆れ声で投げかければ、向こうは面倒臭そうに瞼を開けた。
竜族の爆豪は、基本的に山の上に住んでいる。他の種族では近づかないような切り立った崖の上のため、私も見たことはない。
けれど、狩りの後は決まって私の寝床を占拠するのだ。曰く、帰るのが面倒だとかなんとか。私のベッドを我が物のように扱う彼には、もう若干諦めの境地であった。こうなってはもうテコでも動かない。おかげで私は今夜も床に寝ることを余儀なくされるのだ。
  「あのさぁ、せめて毛布かあんたのマントか、どっちか貸してよ。風邪ひいちゃうからさ」
「……」
「聞いてんでしょ、耳のいい竜族さん」
壁の方を向いているから表情は分からなかったが、小さく舌打ちが聞こえた。それから大きな赤いマントを無遠慮に投げつけてくる。どっちかって言ったけど、マントの方を渡してくるとは。このマント無駄に出来が良いけど、生地が重いんだよね。
「ありがと」
「ぜってぇ汚すな」
「はいはい」
床には使い古しの絨毯、その上で丸くなる。引っ掛けた爆豪のマントからは、まじないの類なのか不思議なお香の匂いがした。




翌朝は私より早く起きだしていた爆豪に踏んづけられ、最悪の目覚めとなった。自分のマントのところは踏まない辺り、確信犯だなこのやろう。呻いている私からマントを引っぺがしていくことも忘れなかった。鬼だ。
寝床部屋から出ると、マントを羽織った竜族は台所を勝手に漁っていた。怒っても聞きやしないので、させたいようにさせておく。腹が膨れたらそのうち勝手に出て行くので、それまでの辛抱だ。
そうだ、彼に渡さなければいけない物があった。
「爆豪、昨日の」
「あ?」
とりあえずと昨日の稼ぎ分を入れた麻袋を投げつけた。緩く放物線を描いた袋は彼の手に収まる。金貨の数を確かめ、雑魚にしちゃまぁまぁじゃねぇかと貶したついでに褒めてきたり。皮と骨の分もまたほぼ爆豪の取り分になるのだから文句は言わないでほしい。
私もご飯にするか。卓上にあったパンを薄く切って山羊のバターを塗って火で炙る。簡易ながらも立派な朝食だ。水瓶から飲み水も汲む。
テーブルの向こうに居た彼と目が合った。立派な歯でもって干し肉を齧りながら、その目は俺にも水をよこせと訴えていた。はぁ、とわざとらしいため息をついてやる。狩り以外でも小間使いの扱いか。
二つのグラスに水を注ぎ、一つを向こうへ置いてやった。ありがとうとか、そんな感謝など一度もされたことはない。竜族さまはそんなに偉いんですか、そうですか。
「オイ」
「うん?」
「やる」
テーブルに転がる小さな石。ほんの五ミリほどのサイズで、赤く燃えるような色と淡い光沢を持っている。
それは爆豪が私と仕事をし始めてから定期的に渡してくるものだ。初めて押し付けられてから、これが何なのかと聞いても何一つ答えてはくれない。ただ渡されて蓄積されていくだけの石は一体何なのだろう。
呪いの類いではなさそうなので、こちらも貰うだけは貰っておくが、それでも得体の知れない不気味さはあった。
「またそれ。一体何なの?」
「いいから黙って受け取れや」
爆豪の赤い目と同じ色。それに気付いてからはますます捨てられなくなった。彼がどんなに高慢でも、傍若無人でも無下に出来ない理由。
それは私が竜の小間使いだからじゃなくて、爆豪勝己という竜族に惚れていたから。

(2020/12/6) ▼ TOPNEXT >