「友達」の定義を問う

 11 |雄英卒業後プロヒ・爆豪君と久々に会う

雄英を卒業して十数ヶ月。東京のとある事務所に就職した私は、管轄地域が繁華街ということもあり忙しい毎日を送っていた。道行く人にヒーロー名で呼ばれるようになると、否が応でも自覚が持てる。私、ちゃんとヒーローになったんだって。それはクラスや他校のみんなも例外でなく、ニュースで、雑誌で、たまに知っている名前を見て嬉しくなる。そして私も頑張らなくては、と気を引き締めるのだ。
今日も特に大きな事件もなく、迷子やら道案内だけで平和な1日だった。爆豪くんあたりから見ればクソつまんねぇ日だと悪態をつくだろう。

爆豪くんとは卒業以来、現場で少し会っただけ。テレビではよく見たりするけれど、会話すらする機会がない。向こうはきっと忙しいから、そう思ってこちらから連絡をすることもない。学生の頃に手に入れた連絡先に最後に連絡したのは卒業前の戦闘訓練の時。あの時も爆豪くんは容赦なく私を吹っ飛ばし、そこでどういう風の吹き回しかは分からないけれど、職員室に鍵を返しに行ってくれたのだ。正しくは鍵を奪われ、先に寮に帰れと突き飛ばされたのだが。言動はアレだが返しに行ってくれたことには変わりないので、スマホからメッセージを送ることにした。卒業したらこういうこともなくなるのかな、そう送ったメッセージには既読はついたけど返答はなかった。今現在、こんな感じの薄い関係になっているのが彼の答えなんだろう。
三年の夏、山の頂上で朝日に照らされたかんばせが発したあの約束だけが私を奮い立たせる原動力だった。




「お疲れ様です!」
先輩ヒーローに挨拶をして退社する。女性ヒーローしか居ないこの事務所はとても気楽、また口煩いことを嫌う所長のお陰で自由がきく。堅苦しいことが嫌いな私には天国のような環境だった。
それに、比較的早めに帰れる日は数少ない楽しみを引き連れてくる。最近ハマっているウィンドウショッピングだ。繁華街に近いこの事務所からは歩いていける。
ヒーローとして若葉のような状態の私には、まだそこまでたくさんの給料は入ってこない。いつかあれもこれも買ってみたいな、という願望を発散するための趣味。決して虚しいなどとは言っていられない。これが大半の新米ヒーローの現実だ。
さて今日はどの辺りを回ろうかと事務所のビルを出たところでスマホが鳴った。メッセージの着信。誰だろう、と鞄からもたもたと取り出して確認してみると、意外に意外すぎる人物の名前に私は眼を見張る。
[爆豪勝己]
[20時 駅前]
過去の記憶と共に冷や汗が押し寄せてきた。すごいデジャヴを感じる。恐る恐るスマホの時刻表示に目を移し、19:49の表示に思わず頭を抱えた。そう、移動時間が全く一ミリも考慮されていないのだ。そこまであの時を再現するのか、と眩暈がしてくる。というか駅前ってどこ?うちの事務所の最寄りでいいの?相変わらず全然言葉が足りないな!
スマホを放り込み、鞄を抱えて走り出す。正直に言うと、浮ついている自覚はあった。だって、久しぶりに会えるんだから仕方がない。テレビ越しでもなく、現場でもない。一体何の用なのか気にならない訳ではなかったけれど、それ以上に浮かれていた。走ってなければ鼻歌だって歌えたのに。さようなら、今日のウインドウショッピング!




「遅っっっせェ」
顔バレ防止のサングラスとキャップをしていても、威圧的なオーラが全然隠れていない。不機嫌を擬人化したような人物は駅前の花壇の縁に座っていた。この駅は待ち合わせで有名なはずなのに爆豪くんの周りには誰も近づけなかったようで、ぽっかり空いた空間が見つけやすくて有り難かった。
それにしても、これでもめちゃくちゃ頑張って走ってきた方なんだけどなぁ。息切れをなんとか整え、腰掛けたままの不機嫌さんと対峙する。
「誰かさんが時間の計算ができなさすぎるんですよね…」
「俺が呼んでんだ秒で来いや」
「いやほんとどうしてくれようこの暴君」
「調子乗ってんなよクソブスが、あ?」
「喧嘩は買いません。というか…ほんと、久しぶり」
不機嫌でも怒っているわけではない。これが爆豪くんのフラットなのだということは学生時代に嫌という程知り尽くしてしまったから、こっちは物怖じもしない。それを面白くないと思ったのか、舌打ちをされてしまった。
サングラスの下から覗く切れ長の目に焦がされる。本当に久しぶり、この感覚。しばらくこんなに近くで見たことはなかったのに、私の恋心は少しも揺らぐこともなく今も爆豪くんのことが好きだ。
「それで、今日は何の用事?」
「晩飯、付き合えや」
「えっ、ごはん?爆豪くんと?」
「他に何があんだよ」
「私が腑抜けてないかの定期報告なのかと思った」
「…それもあんな」
それもって、他にもあるの。そう聞く前に彼はもう歩き出していたので、慌てて付いていく。大通りの横断歩道を渡って飲食店の多い通りへ。お店、もう決めてあるのかな。
隣からそっと伺えば、また背が伸びているような気がする。顔の輪郭もますますシャープになっていて、大人の雰囲気。この間もルーキーヒーローインタビューに写真が載っていたっけ。下からのアングル、すごくカッコよかった。数ヶ月会わなかった間に、爆豪くんは私よりずっと先に行ってしまったような気がする。歩幅が違いすぎるんだ。
まぁ、単純に足の長さも違うしさ。歩くの早いな、私急ぎ足でやっとだよ。
そんなことを考えていたら対面から来た人の肩にぶつかってしまった。よろけはしなかったけれど恥ずかしい。ごめんなさい、と当たった人に謝るのと同時に横から爆豪くんの手が私の腕を掴んできた。
「さっきからトロくせぇな。俺に歩調合わせろや」
「む、無茶苦茶言うなぁ」
「オラ、こっち」
顎でしゃくって通りから外れた路地を示された。二人でそちらへと進む。少しだけ喧騒が薄らいだ気がした。
爆豪くんの腕は離れず、触れられているところが熱い。個性の為に基礎体温が高いんだろうか。心なしか歩くスピードは緩やかになっている気がするが、それでも私は引きずられないように必死だった。




そうやって連れてこられたのは隠れ家のような創作料理の店。入口からシックな感じの、オシャレな店だ。カウンターに居た店員さんが出てきて、名前ひとつで個室に案内された。店員との話しぶりからするに、幾度か来たことがあるんだろう。
座卓のテーブルを挟んで向かい合わせ、ようやく一息ついた。爆豪くんもキャップを外して髪をわしわしと掻いている。
「えっと、メニューは…。とりあえずドリンクでいい?」
「ジンジャエール辛口」
「はいはい」
備え付けのタブレットからドリンクを2つ注文する。メニュー一覧をつらつら見ていると、唐辛子の串なんてものもある。爆豪くんの行きつけだけあるな。
適当に頼んだら貸せ、と言うので先に軽めのものをいくつか注文した。お豆腐の佃煮ってなんだろう、気になる。タブレットを手渡してしまえば私の方は手持ち無沙汰になった。爆豪くんがタブレットを操作しているのをじーっと眺めるくらい。目の保養、といえば嘘では無い。顔を上げた赤い目とばっちり目が合い、また不機嫌な顔。
「なに見とんだ」
「見てません」
「相変わらず嘘が下手くそすぎんだろ」
「そ、そういえば爆豪くん、今月の検挙数トップなんだって?すごいなぁ!」
「舐めプ野郎と一差はすごくねぇんだよ。てか話題変えんのも下手かよ」
都市ごとの月間ヴィラン検挙数ランキングで爆豪くんの名前を見ない月はない。勿論他のクラスメイトの名前も上がることはあるが、常に上位に居続けているのは彼ががんばっている証拠。私が逐一チェックしてしまうのも致し方ないだろう。それくらいすごいヒーローが目の前にいるのだ。
そのヒーローが粗方注文を終え、タブレットを元あった充電器に戻してしまえば本格的に逃げ場はない。となればもう開き直りだ。
「見るくらいいいでしょ。ランキング入りルーキー様なんだし」
「おお、精々拝んどけや」
「ありがたいなー」
棒読みになった途端に頭を叩かれた。テーブル挟んでるのにその腕のリーチは卑怯じゃない?
結局、会わなかった期間など無意味で、私たちはこうやって手が出たり口が出たりする仲なのだ。高校の時から何も変わらない。


運ばれてきたドリンクで乾杯しよう!と言っても見向きもされなかったので、身を乗り出して無理矢理にグラスをくっつけてやった。眉間の皺は相変わらずだったけれど、怒鳴ることはない。そういうところはちょっと変わったのかもしれない。
「それ、何食べてるの?」
「唐辛子のチヂミ」
「うん、ちょっと食べてみたかったけどやめとこ」
「ハァ?やめんなや、食え」
「ちょっと、イヤ!無理!!」
問答無用で私の小皿にペイされてくるチヂミ。自己主張の激しい青唐辛子が目に見えて入っている。絶対無理でしょ。向かいに座っているのは鬼か悪魔だろうか。しかしこれを投げ返すのは難しい。私の経験がそう判断する。残念ながら、幼いころからの両親の言いつけにより食べ物を粗末にするのは論外だ。恐る恐る、刺激物とわかっていて口に運ぶのはとてつもない勇気が要った。
舌につけた時はまだいけると思った。が、一瞬後に後悔した。口の中を沢山の針で刺されるような辛さが襲ってくる。噎せるのも涙が出るのも生理現象、頼まなくても出てくる。だってこんなもの食べ物じゃないよ!
「げっほ、うぇっ」
「っク、クク、」
辛さと咳と涙で悶絶している私を他所に、爆豪くんは顔を伏せている。いや、この男…。向かいから微かに聞こえてきたのは、押し殺した笑いだった。
笑ってる。
雄英の時でも、爆豪くんが声を上げて笑ったところは見たことがなかった。高笑いはしていたけれど、腹を抱えて笑うようなことはなかったはずだ。…なんだろう、今日の爆豪くんはちょっとおかしい。
とは思ったものの、辛さの試練は続いていた。舌といわず口全体が火事だよ。アヒージョのオリーブ油を舐めるなどしてなんとか緩和することに努めた。これ絶対普通の唐辛子じゃない!どうにか鎮まる頃には、爆豪くんはいつものむっすり顔に戻っていた。


そこそこにお腹が膨れて、まったりとしてきた頃。3杯目のジンジャエールに口をつけながら爆豪くんがこちらを見た。そういえば、今日呼び出された理由を聞いていなかった。その話だろうか。
「テメェ、」
「ん?」
「グラビアなんぞ撮りやがって」
「…は、え?!な、なんで知ってるの?!」
それはそれはもう驚愕した。爆豪くんの口からグラビアなんて出てきたのにも、それを知られてしまっていたことにも。雄英の頃にも、そういう系の雑誌や情報を上鳴や峰田くんに振られた時にどうでもいいと一蹴していた。だから単純に興味がないと思っていたから余計に。
私が一度だけ若年層向けの雑誌からオファーがあって仕事を受けたものの、水着で写真を撮られるというのが恥ずかしすぎてもう一生受けないと思った案件だ。あれを爆豪くんに見られてしまった、という事実がひたすら辛い。ティーン向けの雑誌だし、クラスメイトには知られないだろうとたかを括っていたのに一体どういう…。
「クソデクが興奮して雑誌まわして来やがったぞ」
「あ、ああ〜緑谷くんか…。やぁ、お見苦しいものをお見せしました」
「…ンとにな」
緑谷くんは多忙なはずなのにヒーロー情報のアンテナが相変わらず高すぎやしませんかね。というか、どういう心情で私の水着なんかを爆豪くんに広めに行ったんだ。意外と純粋に見つけたから教えた、くらいなんだろうけど。
そして、なぜ爆豪くんはこんなに不機嫌なんだ。私がグラビアを撮ることによって彼に不利益があったんだろうか。雑誌を見せられたことを被害とするならば苦情は緑谷くんに言って欲しいのだが…。
爆豪くんが口を開き、何かを言いかけて止める。それがなんとなく気になってしまったからには聞かずにはいられなかった。
「なに?」
「なんでもねぇ」
「そう言われると気になっちゃうんですけど」
「なんでもねぇっつってんだろが」
口を噤まれればもうこの頑固な男から聞き出すことは不可能だ。気にはなるけれど、諦めるしかない。茶豆に手を伸ばしていい塩加減を堪能した。美味しい。
向かいの彼は残った焼き鳥を片したり、空いた皿を重ねたりしていたが、しばらくして一言だけ吐き出してきた。
「俺んとこ来たらあんな仕事ぜってーさせねぇからな」
「わかってるって、死ぬほどこき使われるんでしょ」
「…分かってりゃいい」
なんとなく言われたけれど、今の言葉を頭の中で繰り返した。
俺んとこ来たら。
今更だけど、爆豪くんの未来に私がいるんだ、なんて。嬉しくなって、顔が熱くなって、咄嗟に下を向いた。どうかバレないでほしい。目の先にあったグラスの表面についた水滴が流れ落ちるのを見ながら、なんとか平静を保とうと心を落ち着かせる。
久しぶりに会って、二人きりで食事をして、他愛のない話をして。なんだか夢みたいだなぁ、なんて思うのだ。雄英の時に思っていた友達とは違うけれど、遠いようで近い関係。それは最初に私の望んでいたものに近い。私が爆豪くんに恋をしなければ、きっとここがゴールだった。




楽しい時間は瞬く間に過ぎ、明日もヒーロー活動に精を出さなくてはならない私たちは早い時間に切り上げることにした。少しだけ席を立った間に既に伝票は無くなっていて、もしやと思い靴を履きかけている男に聞いてみると。
「爆豪くん、会計」
「カードで払った」
「…私、奢られるつもりはないんだけど」
お札を数枚渡そうとしても頑として受け取ってくれそうになかったので、私の方も意地になって開いていたポケットに突っ込んでやった。舌打ちもされたし、めんどくせぇ女だなと言われたけれど、めんどくささから言ったら爆豪くんも十分だよ。
店を出て解散、というのもなんだか名残惜しい気がしたので「私は電車だけど」と隣のキャップ変装男子に言えば、「俺も」と返ってくる。じゃあ、と二人で駅までの道のりを歩き出した。夜の街を歩く人はまだ多く、前を行く爆豪くんを追うかたちで進んだ。上背と肩幅をきかせて人波をかき分ける姿は頼もしいことこの上ない。全身黒のコーディネートは闇に埋もれやすかったけれど、キャップの下から覗く金色のたてがみはどうあっても隠せない目印になっていた。今もまだ、あの髪は柔らかいままなんだろうか。




同じ方面の電車に乗り、三つ駅を越えたところで二人揃って下車した。ずっと隣に彼がぴったり付いてきている。そういえば無言だからつい聞きそびれてしまったけれど、爆豪くんの家はどこなんだろう。人の波に流されながら改札を出たところで、その疑問を口にしてみた。
「爆豪くんも家この辺?」
「…送る」
「え、いいよ。すぐそこだし。爆豪くんも疲れて…」
「るっせぇ、とっとと歩けや!右!左!どっちだ!」
「え、駅出て左…」
駅の出口を指せば、彼はすたすたとそっちに歩き出した。もしかして、電車に乗る所からそのつもりだったんだろうか。私だってヒーローだし、護身術だって一通り学んでいるのだから一般的な庇護するべき対象にはあたらないはずなのに。やっぱり今日の爆豪くんは何かおかしい。さっきから言いかけて飲み込んでいる言葉に答えがあるのかと思ったけれど、きっと教えてはくれないんだろう。
送る、という宣言はすれども、先にずんずん行ってしまう辺りが爆豪くんだと思った。道は分からないのに先に行って、曲がり角で指示する私を待つ。そんなことを数度繰り返し、私のアパートまでちゃんと送られてしまった。静かな通りに頼りない街灯が朧げな影が二つ。帰りかけているその背に声を掛けた。送られたからには、お礼を言わなければ。
「今日はありがとね。おやすみ」
ふん、と鼻を鳴らして、ポケットに手を突っ込んだまま爆豪くんはもと来た道を帰っていった。本当に、今日はどうしたんだろう。彼らしくなく言い淀むようなところも、そもそも突然の呼び出しも。分からないことだらけだ。
完全にその背中が見えなくなってから、少しだけ息を吐き出して。そしてさっきまでのことを思い出して心がぶわっと熱くなる。
「勘違いしちゃうなぁ…だめだめ、」
その熱を振り払うように階段を駆け上がる。ドア、玄関、リビング。上着も化粧もそのまま、たどり着いたソファに倒れ込んだ。一度上がった熱は引かない。瞼の裏にずっと金色のたてがみがひっついたまま、じりじりと焦がれている。久しぶりに会ったからなんだろうか。それとも予想外に甲斐甲斐しかったから?1人だけのリビングに答えられる人は居ない。
「好きだなぁ…」
ソファに顔をうずめて呟く。あの不機嫌な目も、横暴な声も、すぐに頭を叩く手も。私に向いているのだと思うとどうしようもなく嬉しくてしょうがない。だめだ、顔が緩くなる。
他人から見ればどんな関係だと笑われてしまうことだろう。でもあの不器用な優しさは、私にしか分からなくていいと思ってしまう。

その時の私は、これが爆豪くんの気まぐれな行動だと思っていたけれど、それがまた定期的に繰り返され常習化するとは夢にも思っていなかった。

(2020/7/22) <PREV▼ TOPNEXT >