寮生活も落ち着いた頃、私はいつも昼御飯を共にする芦戸さんと葉隠さんに両脇を固められ尋問されていた。
「そんで、爆豪とはどこまでいったの」
「えっ、何、何の話?!」
「またまた〜。春先まであんなに熱心につきまとってた癖に、諦めた~なんてことないでしょ?」
そう、「次」の約束が繋がってから、私は一緒に帰ろう作戦をしていなかったのである。寮生活になってしまっては帰る場所など目と鼻の先だし、元々爆豪くんに接触できるのならば何でもよかったので今は放課後に定期的にある戦闘訓練という名の果たし合いに落ち着いている。そういえばその辺りのことは伝えていなかった。
爆豪くん的には多分、そういうの知られて茶化されると爆発しそうだな…と思って別のアプローチを模索中、とだけ伝えた。
「でもさ、なんか前と見てる感じ違わない?」
紙パックのジュースを吸い上げていた口がぴたっと止まる。吹き出さなかったのは褒めて欲しい。え、そんな人から見て分かるくらいなの私。それはそれで死ぬほど恥ずかしいんだけど。
「わかる~、熱っぽい感じじゃない!もしかして別に本命できちゃった?」
「そういうわけじゃないんだけど…」
形にならない関係を説明するのは難しい。空になった紙パックをぺこぺこと鳴らす。
クラスメイトよりは近づいていて、友達ではない。近いか遠いかで言えば近いけれど、手放しで心を許せる存在ではない。
「最初は憧れだったんだけどさ、ちゃんと目指してるものに向かってるの見てたら…なんか邪魔しちゃいけないって気になって。あと、そういうの見て私も焦ってきちゃったんだよね。なんか、上手く言えないけど…」
「う~ん、なんか青春?」
「私にはむずかし~!」
芦戸さんが背を伸ばした。葉隠さんもうんうんと頷いている。それは分かってるの?同意なの?
「私にもよくわかんないよ」
笑って言ったら、なにそれと呆れられた。
こうやって話している彼女達だって、必殺技の授業のことで躍起になっている。このクラスで取り残される存在にならないためにも、強くならなければと改めて思った。
放課後、私はサポート科のラボへと足を運んでいた。
ヒーロースーツのグローブを手渡して要望を連ねると、発目さんはふむ、と考えるように口に手を当てる。
「耐熱性、結構余裕持たせてたはずなんですがねぇ」
「やっぱり無理ですか?」
「とんでもない!大丈夫ですよ、私にお任せください!」
休みが明けてから、爆豪くんの火力にグローブが耐えられなくなってきたのだ。自分の分割の個性で往なすのにも限界があるし、彼が強くなる分私もそれを追いかけなければと焦る気持ちもあった。
発目さんが設計図を広げ具合を調整している間、手持ち無沙汰な私は発目さんが生み出した壮大なアート、もとい未完成の山を見上げる。彼女の情熱の塊は目に見える山となってここに鎮座しているので素直に感心する。関心はするが被害者にはなりたくないので今後もテスト要員の要請は辞退していくこととする。
「あっ、ついでに採寸もさせてください!」
ささっと近寄り、巻尺を伸ばしててきぱきと私の手を採寸し、そしてまたデスクへと戻っていく。熱中していて無駄のない動きだ。
計られた手をじっと見る。入学した時と比べて傷が増えた。ヴィランと戦ったり、人を助けてできた傷ではない。それはまだ私が守られる生徒でいるからで、ヒーローになればそんなことには構っていられなくなるはずだ。そもそもこの傷を付けた相手はほぼ暴れん坊の爆豪くんだし。思わずキレ顔が浮かぶ。
色々思っているうちに私は百面相をしていたのか、発目さんが笑っていた。
「なんか最近楽しそうでいいですね」
「そう見える?」
「見えますとも。少なくとも一学期にはそれほど熱心ではなかったように見受けられましたし」
ギクリとする。痛いところを突かれた。発目さんの個性はズームだと言うけれど、それ以外のものも見えてるのでは?と思う時がある。
一学期、私は上鳴と一緒に受けた雄英に受かって、ただそれだけでいいようなふわふわした気持ちだったのだ。けれど周りはそうじゃなかった。一番になる者、最高のヒーローになる者、個々で目的は違うものの高みを目指す者ばかりで気圧され、出遅れた。言い訳がましいが、ただ高校生生活をエンジョイしたかっただけなのだ。今思えばよく除籍処分にならなかったものだと思う。
それではダメだと気付かされたのは、爆豪くんがきっかけだ。
「私も求められて使われるベイビーをお渡ししたいので!少なくとも今の貴女にならどんな要望をされてもイエスでお答えしますよ!」
「発目さんが出来ないって言ったこと見たことないけど?」
「熱量の問題です!より良いものを望む声には最大限、いやさらに向こうのベイビーをお渡ししたい!」
「プルスウルトラってやつですね」
「そうです!!!」
拳を突き上げてオールマイトの勝利ポーズの真似をする。更に向こうへ。その校訓を地でいく彼女の目はとても眩しかった。その目で新しいベイビーを流れるように紹介されたので、お礼とともにサポート科のラボを飛び出した。
そして恒例となった「次」の果たし合いもとい戦闘訓練である。
爆豪くんは右の大振りを全くしなくなった。それでも利き腕は変わらないので、そちらに用心することに変わりはない。息を止め、腹にぐっと力を込めて爆破を分割する。6つに分かれた爆風がグローブを掠めたが、熱さは感じなかった。発目さんに感謝しなくては。
「余所見すんじゃねぇ!」
爆速ターボからの蹴り、そして左からの爆破。咄嗟の判断で分割を諦めて飛び退く。爆豪くんが仕留められなかった私を見て舌打ちをした。
最初の手合わせの時よりもずっと動けるようになったと思う。けれどどうしても埋められない差が私をまた焦らせる。ギラギラとした目が私を捉えた。
「焦ってんね」
「アァ?」
「私に避けられてるようじゃ、」
「うるっせェわ、あと3分で潰す!」
咆哮が空気を揺らし、口先だけで挑発すればすぐさま睨まれる。私はずっと余裕がないけれど、爆豪くんにも焦燥が見て取れた。まだ色々なことを気に病んでいるのかもしれない。それを誰かに吐き出したり打ち明けたりは絶対にしないだろうから、ここで憂さ晴らしをしてくれるのならそれでもいいと思った。
一際大きい爆破を個性で分割しながら、発目さんの言葉を思い出す。
『熱量の問題』『より良いものを望む声には最大限』。
「3分逃げ切ったら私の勝ちね!?」
「ハァ?!ふっざけんなブスストーカー!しね!」
爆破が熱量を増し、スーツの袖をチリチリと焦がした。さっきまでグローブに伝わらなかった熱が、今こんなにも熱い。分割した地面をバリケードにして体勢を立て直す。息を吐く。
思わず口端が持ち上がる。対面する爆豪くんと同じように。
——— 楽しそうでいいですね。
本当にその通りだ。
その強烈な個性が、情熱的な目が、私を沸き上がらせ本気にさせる。それがたまらなく楽しいんだ。
その後キレ散らかした爆豪くんにあえなく沈められた後も、私は楽しくて頬が緩みっ放しだった。容赦なく手甲で頭を小突かれる。めちゃくちゃ痛い。普通に鈍器じゃない、それ。
「ハッ、俺の勝ちだわ。ザマァ!」
勝ち誇った笑みはこれまで何度も見てきた。これからもずっと見たいと思った。
私が吹っ掛ける限り続くというのなら、この関係には意味がある。たとえそれに名前がつかなくても。
A組から二人、ヒーロー仮免試験に落ちた。
それがこのクラスのツートップだというのだから、人生何が起こるかわからないものだ。試験帰りのバスの中、項垂れる轟くんと見るからに機嫌の悪い爆豪くんに話しかける者はいない。そもそも皆疲れて寝ている者が殆どだった。
真新しいヒーロー仮免許のカードを手に、爆豪くんとの間に隔たりが生まれないことを願う。これは私たちだけの試験ではないのだから、私の勝ちにはならない。
ところが一晩明けて、爆豪くんと緑谷くんが全力で喧嘩したというではないか。一体何があったらそうなるの。双方ボロボロの姿で共同スペースに現れた時は皆ギョっとして、何事かと二人を問い詰めた。爆豪くんがあんなになる程、緑谷くんが本気を出したというのも私にはにわかに信じがたいことではあったが。
掃除機を持ち出してきている両名を横目に玄関を出る。爆豪くんと目が合うことはなかった。そもそも対峙している時以外で彼の目を見ることなど皆無なのだ。
揃って謹慎となり、他のクラスメイトは窓際二人も居ないとスカスカな気がするなと零している。必死に独り言を呟いてノートを取る緑谷くんと、それを煩いと一蹴する爆豪くんが不在なので授業はとても静かだ。居ないとわかっているのに、私の視線は何度も彼の机に向いてしまうのだった。そういえば、「次」の約束があったことを思い出す。彼は謹慎中だからどうしようか。
ホームルームが終わり、寮へと帰ろうと鞄に手をかけた矢先、相澤先生に名前を呼ばれた。
「爆豪が謹慎中のため、提出されている施設の使用許可は無効にする。すまんな」
「いえ、大丈夫です」
職員室まで同行するとそう告げられる。クラスメイトには伝えていなくとも、私と一緒に訓練施設を使っているのが爆豪くんだということは相澤先生には分かっていたのだろう。それから深いため息をこぼされた。あいつらは問題しか起こさない、とぼやく先生に私は乾いた笑いで答えるしかない。その目の隈が少し濃いのもきっと気のせいではないんだろう。
「お前と爆豪がずっと続いてるのが不思議でならない」
「それは…私もそう思います」
「爆豪はアレだからともかくとして、お前には積極性がないと思っていたからな。一学期のような浮ついた姿勢のままだったら今日退学を命じるところだった。今のお前らに少なからず合理性があるんだろう」
「そんなめっちゃ怖いこと今言われるんですか、私」
「結論として必要なくなったことだ。問題あるまい。そのまま励め」
「…はい」
これは、暗に「次はないぞ」と釘を刺されているのでは?と思ったのは職員室を出た後だった。
共同スペースでの談笑の後、自室に戻ってスマホを手にする。許可無効の件をメッセージで送ると、すぐに既読がついた。連絡を確認してくれればよかったのでそのまま明日の課題に向かおうとしたところ、メッセージ着信の音がした。さっきまで話していた女子の誰かかと思っていた私の目に飛び込んできたのは、[爆豪勝己]の文字。
「えっ」
思わず両手でスマホを握り締めてしまった。連絡先を勝手に入れられてから今まで、既読はつくものの向こうからのメッセージは一切送られてきたことはなかった。その必要性もなかったので特段気にもしなかったのだが、来たら来たで逆に不安になる。息を呑み震える指でロックを解除すると、簡素なメッセージが表示される。
[20時 寮前自販機]
簡素すぎる。
スマホの時計に目を移す。19:57の表示。
嘘でしょ待って、と呟くが時間が止まるはずもない。
動揺している間にも数字は7から8の表示に変わっていた。
「あンの非常識野郎!!!」
口が悪くなってしまうのも私のせいじゃない。
スマホと上着を引っ掴み、部屋を飛び出す。エレベーターを呼ぶ時間も惜しくて階段をすっ飛ばして駆け下りた。
「遅ェ」
息を切らせて目的地に到着した私を待っていたのはいつも通りのトーンの苦言だった。これにカチンとしない人間がいるものか。夜になっても気温はそれほど下がらず、私は噴き出した汗を上着で乱暴に拭うしかなかった。
対する暴君は自販機横のベンチの中央に陣取ってひと睨みきかせている。
「悪ぅございましたね。誰かさんが初めてメッセなんか寄越すからびっくりしたんです」
「用件は簡潔に送ったろうが」
「時間厳守とは書いてなかったんですけど?」
完全に売り言葉に買い言葉である。いつも通りだからいっそそのままジュースを買って帰ってしまおうかとも思ったが、呼び出されて来てしまった手前用件を聞かずにはいられない。そこに少しだけトゲが入ってしまったのは許して欲しい。
「施設許可の件はメールしたじゃん。他に何か用事あるの?」
「あるから呼んだ」
「ふぅん」
彼はそれきり、だんまりになってしまった。夜の街灯と自販機の明かりだけが照らす中で表情は読みづらい。視線はいつの間にか地面に向けられている。そこに何があるわけでもない。一体何を考えているんだろう。
謹慎で暴れられなくて不満、試験不合格のイライラ、訓練が出来なかった謝罪…ではないな。ないない。そもそもこの時間はもう寝ている頃では?寮生活になってから消灯時間頃に彼を見かけたことは一度もない。きっと朝一番に勉強をするタイプの人間なんだろう。もしくはトレーニング?
私の思考が散らかっている間にも、彼はじっと地面を見つめたままこちらを見ない。まだそこらじゅうに湿布を貼り付けて、痛いところもあるだろうに。自販機の電子表示が20:15に変わる。長い沈黙。私はじっと言葉を待った。
「テメェとやりあって、勝っていい気になって、その結果がこれだ」
静かに、絞り出すような声だった。いつもの自信に満ちた姿は鳴りを潜め、少し拗ねているような感じ。耳に届いているのに、どこか遠い声に聞こえた。
「ヴィランに手玉に取られてよォ、仮免試験には通らねぇ、挙句にあのクソデクにだって殴られた。ザマァねぇわ」
男が弱音を吐く。ずっとずっと遠くに、私では絶対に追いつけない所にいると思っている爆豪くんが、視線を落としたまま呪詛のように心のうちを吐き出している。色々耐え切れないことが重なったんだと思う。完璧主義のこの男が憤り、躓いたのだから。
私はそれを見たくないと思ってしまった。怒りのままに唇が震える。
「それで、ぶちのめしたクラスメイトを呼び出して八つ当たりしようとしてんの?」
「んなわけねぇ」
「じゃあなんで私に言うの」
あなたは同情されるのも、情けをかけられるのも嫌う癖に、なんで私にそれを聞かせたの。あなたは自信家で、高慢で、野心家で、不遜。ずっとそう思ってきたから、そうじゃなきゃ困る。
私は、優しい言葉をかけてあげないよ。だって私はあなたの勝ち誇った姿が見たいんだ、そんなあなたに勝ちたいんだ。たとえ永遠に追いつかなくても。
「一人だけ負けたみたいな顔しないでよ。言い訳しないでよ。私まだ爆豪くんに勝ってないし。勝つまでやるって言ったでしょ」
だから「次」、約束してよ。
ほとんど縋るような声だった。ここで折れるような人ではないと分かっているけれど、私がそう思っていることも信じて欲しかった。
また長い沈黙があって、爆豪くんが深く大きく息を吐く。ここで何か、ともすれば私が爆豪くんに失望するような言葉が続くようならばとりあえず殴ろうと拳を固め、じっと返事を待つ。
静かな闇の中、靴が砂利を踏みつける音が響いた。私より高い上背が目の前に立つ。両ポケットに手を突っ込んだまま、低く唸るように獣が吼える。
「誰が負けた顔だァ?このクソブスが」
伏せていた彼がゆっくりとこちらを向いた。前髪の間から覗くその目を確かめた時、私に湧き上がったのは紛れもなく歓喜だった。私を惹きつけるぎらぎらと光る赤い色は、私が憧れたその色だ。眉間の皺を深く寄せ、目尻も容赦なく鋭く吊り上っていく。
ああ、ああ!いつもの爆豪くんだ!
「負けた顔だなんて断定はしてませんけど?」
「うるっせぇわ。テメェは一生俺に勝てねェんだよ!クソ生意気なこと言ってんじゃねェ!」
「あっ、ちょ、待ってアイアンクローはやめて!」
「アァ?抵抗してみろや、出来たらな!」
「ぐぬぬ…!」
容赦なくギリギリと頭蓋骨が締め付けられて悲鳴をあげる。さっきまで殴ろうとしていた手で腕を剥がしにかかるが、勿論びくともしなかった。容赦がなさすぎる。本気で泣きそうなんだけど。
情けない悲鳴をあげていると、ふっと腕が引いた。かわりに強引に押し付けられたのは、
「あっ?なにこれ」
「奢ってやるわ感謝して寝ろ!」
結露でべしょべしょになったペットボトル。垂れた水滴が私の上着を濡らした。
ずっと隠し持っていんだんだろうか。大分温くなっているいるのだけど、本当にいつからここにいたの?反抗的に突き返そうと思ったのに、彼はのしのしと寮へと帰っていってしまった。いや置いていくんかい。呼び出したくせに。
あと数日の謹慎の間、教室で見ることのない背中が遠ざかるのを見送る。去ったあとになってようやく虫の声が耳に入ってきた。静かだと思っていた夜の闇は騒々しくその存在を主張しはじめる。
一人になって、はぁとため息が出た。
彼も大概だけれど、私も大分捻くれている。もっと知りたいという気持ちは変わらないはずなのに、弱味を見せるなと思う。我ながら自分勝手すぎてどうかと思う。手の中にある生ぬるさはいつまでも私の心を占有していた。