夏の夜特有の蒸し暑い風が纏わりつく。部屋に戻れば冷房があるというのに、俺は寮前のベンチから動けない。
デクの個性。確証があって聞いたというのに、聞いてみたところでモヤモヤした気分が全て晴れるわけでもなく。それがどうであったところで、俺の手にヒーロー仮免許が無いことは現実で。クラスの殆どが前に進み、俺は取り残されている。
自分の力に胡座をかいていたことも、多少は認めなければならなくなった。磨かなくてはなかないことも山ほどある。癪だが、己を顧みなければ上に行けないことも痛感した。雄英に入りさえすれば、ヒーローになれるものだと思っていた。
自販機でなんとなくスポドリを買ったが、今は甘い飲料を飲む気にはなれなかった。静かな所にいたいから外に出たというのに、先程から断続的にアホ面が勝手に作ったメッセージグループへの通知音が鳴っている。マジでウゼェ。
ポケットからスマホを取り出してグループに中指を立てるスタンプを送ってから通知をオフにした。どうせ大したことを話していないのだ。興味もない。
俺がメッセージを送る相手など早々居ない。上からその相手をつらつらと眺める。ババアは未読だと煩ぇが、必要なことしか送ってこないのでまだいい。ジジイの方は要件に入るまでが長いので電話をかけた方が早い。
クソ髪、こいつはまだいい。言ったらまだ直すだけ見込みがある。アホ面はマジでどうしようもない。人の話を聞いちゃいない。俺は煩わしさを先手で打ち消すために、あいつのメッセージは迷惑メールに振り分けている。しょうゆ顔、こいつはたまにしか送ってこないから許す。
ブスストーカー。
俺から何かを送ったことはない。ただ向こうから施設の許可が取れたと報告が入るだけだ。俺がそうしろと言ったことを律儀に守っている。履歴は最初のありがとう以外は報告で埋まっていた。
あいつは散々勝った相手が出遅れていることをどう思っているんだろうか。気付けば勝手に指は動いた。無理な時間設定で呼び出しをしてみる。別に来なくてもいい。少しだけ慌てさせてやれ。俺は自分の口端が少しだけ持ち上がっていることに気付かなかった。
ああ、馬鹿だなこいつ。本当に来やがった。
息を切らせては俺の横に居る。気まぐれに送ったメッセージなだけに、これからのことは考えていなかった。だからこちらから話すこともなく、じりじりと時間だけが過ぎる。も帰らない。いや、なんで帰らねぇんだ。馬鹿だろこいつ。自分を棚上げしてそんなことを思った。
どうせならここで、こいつとのどうでもいい関係を断つのもいいんじゃないか。俺は喧嘩を売られた側であって、いつまでも付き合う義理などない。お前が馬鹿みたいに挑んで来ている男がどういう奴なのか、思い知って去れ。
くだらなく悩んでいたことは何故かすらすらと口から出た。誰かに話すことをあれだけ躊躇った弱音だって漏れた。もうどうでもいいと思ったのかもしれない。この女がどう思おうが構うものか。どうせこの先、俺との繋がりもなくなるのだから。
なんて、自嘲気味思っていたのに。
「一人だけ負けたみたいな顔しないでよ」
は?こいつ今何つった?
「言い訳しないでよ」
言い訳だぁ?誰がンなこと言ったよ。
「私まだ爆豪くんに勝ってないし」
うるっせぇな。お前なんか一生俺には勝てねぇ。勝たせてやるつもりもねぇ。
気がつけばの頭を引っ掴んで悲鳴をあげさせていた。挑発に乗ったわけじゃねぇ。こいつに思い知らせてやっとんだ。無様にもがいていやがるが、俺の手はビクともしない。ほらみろ、てめぇにゃ無理だわ。
ぴた、と手にしていたペットボトルの結露が足を濡らす感触で我に返った。もう片方の手にはまだもがいているがいた。何をしとんだ俺は。不快な生ぬるさを感じて、ペットボトルをに押し付ける。訝しげに見てくる目を見ないように寮へと戻った。を置き去りにして。湿気て燻っていた心に火がついたことを無性に悟られたくなかった。