年明け早々に抜き打ちテストがあるなんて聞いてない!そう叫んだのは数名で、相澤先生による正月ボケ矯正テストは粛々と執行された。そしてこれまた見事にいつものメンバー数名が追試の烙印を押され、共同スペースに八百万さんと私を巻き込んで課題を広げている。
「わかんねぇ〜〜〜」
そう呻きながらペンを転がしているのは上鳴、その横で分からないながらも真面目にやっているのが切島くんと芦戸さん。瀬呂くんと砂藤くんが向かいに座って参考書を捲って呻いている。大半の爆豪派閥が集まる中、当の爆豪くんはいつも通り早めに就寝してしまった。自業自得、と追試組の心を刺しながら。
私は平均並の点数ながらも復習になればと、皆の課題を手伝うことにした。瀬呂くんが解いた数式に目を通しながら、自分でも問題を書き出して解いてみる。
「ここ、因数分解は共通のもので括るから、(x−y)になるんだよ」
「ああ~そうか。なるほど」
瀬呂くんや砂藤くんはわりと飲み込みが早くて助かる。切島くんと芦戸さんには八百万さんがついているからこれまた問題ないだろう。そう、一番問題なのはもう既に課題に飽きて別のことを考え始めている上鳴だ。
「そういやさー、あれ捕まったのかな。雄英生の女子に声掛けてくる不審者ってやつ」
「さぁ、まだなんじゃね?」
「なんで捕まんないかってさ、噂だと顔が変わるらしいぞ、犯人」
「何それこわっ!」
「雄英の女子だけってのも不思議だよな」
「それも謎だよな~」
上鳴の一言に追従して皆が話し始める。もう集中力は明後日の方向に飛んでしまっているのだろう、話は止まらなくなった。
不審者の話はモールでの件以降、どこからも話を聞いていない。ヒーロー科の面々からすれば、現状本当にただの噂としか思えない状況なのだ。犯行をやめてくれたのならばそれに越したことはないのだが。
「誰かを探してる…か?」
しんとした共同スペースに風呂上りの轟くんの声が響く。誰かがごくり、と喉を鳴らした。
「怖いこと言わないでよ、轟!」
「そうだよ夜眠れなくなるじゃん!」
「お?悪ィ」
もしかして轟くんは場を和ませようとしたのかな…?真意はよくわからないまま、勉強会はそこでお開きになった。
そんなことがあってから数日後、私と爆豪くんは外出許可をとって雄英近くのスーパーへと来ていた。基本的な消耗品や食べ物は校内の購買で買い足すことができるが、嗜好品や砂藤くんが使うお菓子の材料などは外部で調達するしかない。そこで、月に一度誰かが欲しいものをまとめて買いに行く、という流れがいつの間にか決まっていた。そしてその誰か、は悲しいかなじゃんけんによって決められる。隣にいる爆豪くんの機嫌が悪いのも、それに負けたからである。
「クソ、あり得ねぇだろ」
「負けたものはしょうがないよ」
「俺は負けてねぇ!!!」
さっきからずっとこの調子である。これはさっさと用事を済ませた方が良さそうだ。
「メモも二枚あるし、手分けしよっか。レジ済んだら外に集合で」
「…トロトロすんじゃねぇぞ」
奪うようにメモの一枚を引ったくり、ポケットに突っ込んでさっさと店内へ行ってしまった。私も彼をこれ以上刺激しないよう、なるべく早く済ませなくては。
幸い残されたメモは菓子類ばかりだった。思ったよりかからないかもしれない。
一通り買い終えて外に出ると、爆豪くんの姿はまだ見当たらなかった。少しだけほっとして、時間を潰すべくスマホを取り出す。すると、クラスのグループメッセージに追加の買い出し品がいくつか送られてきていて、その下に爆豪くんから[しね]のスタンプがあった。こんなスタンプよく申請に通ったものだと思うし、上鳴が面白半分でプレゼントしていたものだったが意外と活用されていた。このメッセージに気づいて店内に戻ったのだろう。爆豪くんよろしくね、と[頑張れ]のスタンプを送る。
まだ寒い季節、日の傾きも早い。来た時に出ていた夕日は既に山の向こうに消えかけていた。
「こんばんは」
声が聞こえたのでスマホから顔を上げると、目の前にひとりの青年が立っている。冬の黒いコートを纏ったサラリーマンのような姿で、人好きのする顔で少しだけ眉尻が下がっているのがなんだか緑谷くんに似ている。
「ちょっと探し物をしてまして、少しこの辺探させてもらっても?」
「それはいいですけど、どんな物です?私も一緒に探しますよ」
「いやいや、大丈夫。目星はもう大体ついていますので。もう、すぐ近くに」
そう言い切られてしまえば、これ以上は踏み込まない。とりあえず邪魔にならないように店の入り口から少し離れた所まで移動する。またスマホを見ると幾人かの既読がついていた。爆豪くんも見てくれたんだろうか。ふと、手元に影が落ちる。先程の男がまた目の前にいた。
「いやあ、よかった。見つけました」
「それは…よかったです」
何だろう。少し心が落ち着かない。男は口を開き、聞いてもいないことをつらつらと話し始めた。
「とっても大事な仕事をしてたんだ。でもある日、とんでもないことがあってね、上司に怒られちゃったよ」
「はぁ」
「おまえは本当に役に立たないってさ。酷いよね、散々人をこき使ってさ」
「そうですか…」
「だからね、僕は、
——邪魔してくれた君にずっと会いたかったんだぁ」
その言葉が耳に届くや否や、心臓が水に浸ったような気持ち悪さが襲ってきた。伸びてきた手が私の肩に触れ、少しだけ強い力で掴まれる。この時点で振り解こうとすることは簡単だったろうに、何故か私は硬直したまま動けなくなってしまった。男の顔が怖い。先程と同じ、人好きのする顔のはずなのに、何故か違うと感じてしまう。
「ああ、そうか。…僕の個性はね、顔を変えられるんだ。どんな架空の人物でも、どんな有名人でも。君に会った時はねぇ、確かこんな顔をしていたと思うんだけど」
ぐにゃ、と男の顔が歪む。異様な光景に思わず喉が引き攣って悲鳴が出た。ひひっと笑いながら、不気味に顔が変わっていく。声を出せない私の前で、男の顔が作られていく。暗闇にギラギラと光るその目が記憶の中から蘇る。去年夏に見た、あの不審者の顔。
ぞれを認識した瞬間、全身に鳥肌が立った。スマホが手から滑り落ち、音を立てて転がっていく。それを一瞥して男がまた話しかけてくる。
「あ、あ、」
「覚えててくれたのかなぁ?よかった。ずっと探してたんだよ。別に命をとったりはしないよ。………青褪める顔を見るのは、大好きだけど」
先ほどとは違う顔がにんまりと笑う。同一人物とは思えない嫌悪を催す表情に心が焦る。
逃げなきゃ、と思うのに足が動かない。逃げる、なんで?私はヒーローなのに?
ヒーローなのに、怖いの?
「何してんだ」
よく通る声。目の端にビニール袋を下げた爆豪くんが映る。
いつもの通りにポケットに手を突っ込んだまま、こちらを見ている。その姿に少しだけ安心して名前を呼ぼうとしていたところに、その存在を思い出させるように肩に掛かる手に力が込められた。厚い冬服の布越しでも伝わってくる爪を突き立てられる感触が気持ち悪い。
「いやぁ、お友達かな?彼女に探し物を手伝ってもらったんだ。手伝ってくれてありがとう…………じゃあね」
いつのまにか最初の好青年の顔に変わっていた。肩に触れていた手が離れて、ひらひらと手を振りながらゆっくりと去っていく。心臓はまだばくばくと音をたてていて、身体は金縛りに遭ったみたいに動かない。まだ、あいつが、すぐそこにいる。
動かないのを不審に思って近寄ってきた爆豪くんは、転がったままのスマホと私の顔色を見てすぐさま男の背に目を向けた。きっと彼は追って問い詰めるつもりだ。待って、行かないで。
咄嗟に彼のコートを掴む。オイ、と苛立ちの声を聞いたが私は顔を上げられなかった。今はどうしても一人になりたくなかった。なんで。あいつ、半年前からずっと私を探していたの?何のために。雄英生の女子への声掛け事案、探していたのは私だった。ただの不審者じゃない。震える。怖い。
「テメェ、あいつ知ってんのかよ」
イライラを隠さない低い声に私は答えられない。喉がつっかえて声が出ない。そんなことが情けなくて遂に涙が溢れた。泣いていることを見られたくなくてずるずると蹲る。頭の上から低く唸るようなため息、怒っている。当たり前だ。
爆豪くんが同じようにしゃがみこむ気配がする。
「…相澤に連絡すんぞ」
喉が震える。頷くのが精一杯だった。
数分で相澤先生とミッドナイトが駆けつけた。二人が来ても私は震えが止まらなくて、ずっと爆豪くんのコートを握り締めていた。掴む力が強すぎて皺になってしまっている。それを異常とみて、隣に居る彼のほうへ声が掛かる。
「何があった爆豪」
「俺は全部は見てねぇ。こいつ、変な男と話してた。そっから様子がおかしい」
「男の顔と特徴は」
「覚えてる」
顔を上げられない。相澤先生が私の名前を呼ぶけれど、やっぱり喉が引き攣って声が出なかった。なんで、なんで、私しかわからないのに。男の顔、違うの、あいつ、顔が変わるんだ、だから。そう、言わなきゃ。
「話を聞くのは無理そうね。ひとまず落ち着かせましょう」
甘い匂い、強烈な眠気が襲う。ミッドナイトの個性だと気づいた直後、意識は深く溶けるように落ちていった。
目を開けた時に見えたのは見慣れた自室の天井。ちゃんと布団に寝かされていて、カーテンの隙間から光が射していた。まだ頭がぼうっとする。ミッドナイトの個性が残っているのかもしれない。
ゆっくりと見渡すと、ベッドの脇に置かれていたスマホがメッセージの着信を知らせていた。恐る恐る手繰り寄せる。ひび割れた暗いままの画面が昨晩のことを思い出させて怖くなり、シーツの隅に投げ捨ててそのまま布団を被った。自分でも何に怯えているのか分からない。ただ何も考えたくなくて、布団の中で丸くなって瞼を閉じることに専念した。
結局いつまでも寝入ることは出来ずに、のそりと布団から頭だけを出した。さっきより幾分かは落ち着いて、またスマホに手を伸ばす。電源を入れると時計は16時を表示していた。あれからほぼ丸一日経っているということか。
いくつかメッセージも入っていた。クラスメイトの心配する言葉をひとつずつ確認していく。どうしたの、元気出して、おやつのプリンとっておいたからね。みんな優しくて、でもその言葉のどれにも「大丈夫だよ」と返すことができなかった。読んでいくうちにじんわりと目頭が熱くなる。私はいつの間にこんなに弱くなってしまったんだろう。
爆豪くんからは何も来ていない。昨日、随分手を煩わせてしまった。買った荷物は持ってくれただろうか、コート皺にしてしまってごめん、いきなり泣き出してきっと気分を悪くしてしまった。こちらにもまた、何も伝えられないままスマホの画面を落とす。暗くなった画面に不安な私の顔が映って、弱くなった部分を見せられているような気分になって画面を伏せた。
その時、唐突にドアを叩く音が響く。驚いて跳ね起きて、ベッドの上で後ずさる。誰、誰が来たの。
「八百万です。ドア越しで構いません、聞いてください」
「……ももちゃん」
「大丈夫です、私しかいませんから。ゆっくりでよいのです。お話しましょう。昨日のこと、話せますか?」
優しく諭すような声に縋るように泣き出していた。きっと向こうにも私が泣いていることは分かっただろうに、八百万さんは丁寧に言葉を選び話してくれた。私は言葉に詰まりながらも昨晩の男が顔を変えられること、前にどこで会ったかを伝える。
「わかりました、ありがとうございます。授業のノートはとってありますので今はゆっくり休んでください。このお話、相澤先生に報告させてもらいますね。…他に、何かありますか?」
「……………あ、あの」
「なんでしょう」
「ごはん、まだ残ってるかな…今泣いたらおなかすいちゃった」
「ああ、良かった。おにぎりを作ってきたんです。初めて作ったので形があまりよくないのですが…」
「…そんな、全然大丈夫だよ。ありがとう、ももちゃん」
無理しないでと言ってくれたけど、どうしても顔が見たくなってドアの前に立つ。ドアノブにかけた手は震えていたけれど、八百万さんの姿を見た瞬間、安心したのか抱きついてわんわん泣いてしまう。何も言わずにぎゅうと抱き返してくれた彼女の温かさが心に染みて、余計に涙腺が緩んでいった。
[20時 寮前自販機]
まだ何となく会いたくないのに、そんなメッセージを寄越すのが爆豪くんだ。この間のメッセージと全く同じ文面。これって手抜きじゃない?
正直、会って何を言ったらいいのかわからない。お礼も謝罪もしたいけれど、彼に会って失望されるのが一番怖い。などと、ぐだぐだ言っても始まらない。私は結局、この呼び出しを断れないのだから。布団から這い出し、スマホだけ持って行こうとして、止めた。画面に映る顔は情けないままだった。
なんとなく共同スペースを通りたくなかったので、裏口からそろそろと寮前へと向かう。そんなことをしていたら大分時間がかかってしまった。
「遅ェ」
機嫌がいい時なんてあるんだろうかというくらい、いつも通りの不機嫌さに出迎えられる。彼は個性上冬の寒さは苦手だと言っていたから、それも輪をかけて不機嫌になっているのかもしれない。私はそれを掬い取る元気もなくて、ただ小さく「何?」とだけ呟いた。その態度が癪に障ったのか、小さく舌打ちされた。
「腹立つから呼び出したんだ、文句あるかよ」
いや、文句しかないでしょ。何に腹を立てているのかは、最近知ってしまった彼の意外な繊細さゆえに心当たりに目星をつけることの方が難しい。でも、こっちだって今怒りの発散に付き合わされたい気分じゃないんだ。癇癪ならひとりでしてよ。そんな気配を察したのか、焚きつけるように手のひらを爆破した。
「散々俺に弱いだの何だの言ってコケにしてた癖に、人の前で泣きやがる。俺に勝つってんならつまんねぇこと考えてんじゃねぇぞ、アァ?」
「…つまんなくは、ないでしょ」
「つまんねぇんだよ、俺がそう決めたんだ。つか何なんだよ、今日はサボリか?随分偉くなったじゃねぇか。昨日、人に荷物持ちさせといてよ」
「それは、悪いと思ってるけど」
「思ってるだけかよ。心して詫びろやブス」
なんで、なんでそこまで言われなきゃいけないの。私だってずっと、ずっと悔しいと思ってるのに。
「…爆豪くんは関係ないじゃない」
「あ?」
「…………………ほんともう腹立つ」
目の前で勝手なことを言う男にも、自棄になってどうでもいいと思ってしまう私にも、原因となったあの男にも、全部全部腹が立つ。みんな勝手だ。私の心をこれ以上ぐちゃぐちゃにしてどうするつもりなんだ。どうして放っておいてくれないの。
押し込められていた感情が一気に溢れ出す。
「つまんない女で悪かったですね!!どうせ爆豪くんに比べたら何もかもがつまんなく見えるでしょうけど、私だってめちゃくちゃ頑張ってるし泣きたい時だってあるんだよ。というか先に弱音吐いたのはどなたでしたっけ。いつぞや今日みたいに急に呼び出して自分が弱いって自己申告してくれちゃうから、私もう絶対そんなとこ見せるなふざけるなくらい思ったよ?ねぇ、誰かさん」
「ハァァ!?ざっけんなテメェ大昔のこと穿り返しやがって!その言葉そっくりそのまま返すわこのブスストーカー!」
「前から思ってたんだけど、爆豪くん私に対する蔑称がブス以外存在しないの?そりゃ平均並の顔で悪いとは思うけど、もっとボキャブラリーがあってもいいんじゃない?それであの、何の話だっけ…あーそうそう、爆豪くんが弱音吐いたやつだけどね」
「それはもういいっつっとんだクソボケがァ!!!」
不毛な罵り合いが続く中、私は心がすっと軽くなっていることに気付く。腹のなかで重く淀んでいたものが綺麗さっぱり消えている。
「…あれ?」
「ゴルァ!無視してんじゃねぇぞ!そもそも関係ねぇって何だ、ア!?」
「え、何って…」
言葉を続けようとしたところで、私と爆豪くん二人まとめて捕縛布でぐるぐると拘束される。勿論向かい合わせで。こんなことができるのは相澤先生しか居ない。
さっきまでバチバチと威嚇していた相手が密着しているのは心臓に悪いので一刻も早く解いてほしい。怖いからだけではなく、相手が爆豪くんだから、というのもあるのだけど。もぞもぞともがいているうちに爆豪くんが何も言わないのも不気味すぎる。あの、何か言って。
「何をしてるんだお前らは」
眠そうな相澤先生の声が上から降ってきた。するすると捕縛布が解かれたのも束の間、すぐ近くに居た爆豪くんに容赦なく蹴り飛ばされて尻餅をつく。なかなかに手加減も気遣いもない蹴りだった。
「痛い!もう、何なの!?」
「うるせぇ、離れろや」
「お前ら、それ以上喧嘩するなら謹慎にしてやってもいいぞ」
そう言われてしまえば閉口するしかない。いや目の前で蹴られたの私だけなんでその辺フォローしてもらえないか、と思ったけれど黙っておく。謹慎は怖い。
「必要な情報だけ伝える。八百万から話は聞いた。そして犯人は捕まったぞ。ヴィラン連合の下っ端だったがな」
捕まった。
伝えられたその事実だけで身体の力が抜ける。よかった。手を握るように胸の前で合わせて座り込んだ。何もされないという保障はないし、今まで探していたのが私だっただけで、本当の目的は分からなかったから不安で仕方がなかった。
私が落ち着くのを待って、相澤先生が話を続ける。
「犯人の個性は二つ、『百面相』と『恐怖』だ。百面相の方はお前も見たと思うが、恐怖については話しかけた任意の相手に強制的に恐怖を植え付けるというものだ。人間は恐怖でパニックを起こす。小物だが連合にとっちゃ都合のいい道化だったってことだな」
「恐怖…」
確かに、話しかけられた途端に不安になって逃げたり、動けなくなってしまった。個性だと知ってしまえば何でもないが、あの時は自分の弱さが露呈してしまったように感じてひたすら怖かった。さっきまで何事に対しても億劫で、ずっとびくびくして過ごしていた。
「個性解除の条件は怒りだ。状況は分からんが結果オーライだな」
相澤先生が目を向けた先に、ぶすくれた爆豪くんがいる。そうか、さっき心が軽くなった気がしたのは個性が解除されたからなのか。感情のまま彼にぶつけてしまったけれど、今思えば大分冷静さを欠いていた。八百万さんに泣き付いてしまったしまった件といい、それほど追い詰められていたということなのだろう。
「じゃあ、もう外に出ても大丈夫なんですか…?」
「暫くは様子見で複数行動は継続する。必要がないと判断されたら解除されるだろう」
「そっか………そういえば、なんであいつ服着てなかったんだろう」
「それはヴィランの個人的趣味だ察してやれ…………………待て、何故知っている」
なんとなくそうだろうなという回答が相澤先生から返ってきて、そして自分がなんとなくの疑問を吐いたのが失言だったことをワンテンポ遅れて理解する。誤魔化そうとするより先に、何故か爆豪くんの方が食いついてくる。
「おい、テメェ何を見た」
「なにって、いや、だって、怖かったんだって!夜道でいきなり話しかけられてさ!そしたらうっかり個性で、なんか、あいつのコートが真っ二つになって、」
「全裸だったと」
「うわああああ!!!相澤先生言わないでください!!!思い出したくないんです!!!」
「ハァァ!?痴女かよ!」
「誰が?!不可抗力だよ!変なこと言わないで爆豪くん!」
また不毛な言い争いが始まろうとした時、もう遅いから寝ろと相澤先生に強制的に寮に帰された。爆豪くんが前を行き、私が後ろ。寮に着くまでどちらも無言だったけど、エレベーターに向かう爆豪くんの背に向けて「おやすみ」とだけ伝えた。返事はなかったから、聞こえたのか聞こえなかったのかはわからないけれど。
部屋に入り、一息つく。勉強もしなくてはいけないけれど今日はもう寝てしまおう。のそのそと布団にもぐり天井を見上げた。不安に駆られていたこともすっかり忘れて、いろんなことが浮かんでくる。スマホ、直さなきゃ。授業のノート、お礼言わなきゃ。プリン、楽しみだなぁ。爆豪くんにも、ありがとうって伝えよう。
心地よい眠気に襲われて、すぐに眠りに落ちた。
次の日、朝からみんなに無事でよかったともみくちゃにされた。メッセージといい、大分心配させてしまったことを詫びると、麗日さんにぎゅうっと抱きしめられてしまった。瀬呂くんもそんなん気にすんな、と言ってくれる。轟くんが俺のせいか?と凹んでいたのでそこはフォローしておいた。やっぱりみんな優しい。
「そういえばプリンあるよ、食べる?」
「うん!あ、メッセージで言ってた残してくれてたってやつかな。砂藤くんの手作り?」
うきうき取り出していると、耳郎さんがなにやら複雑な顔をしている。冷蔵庫に泡の跡すらない完璧な手作りプリンが鎮座していた。硬すぎず柔らかすぎず、一口食べてみてもわかる、めちゃくちゃおいしい。だからまさか砂藤くんの失敗作というわけでもないだろうし、何だろう。横から見守っていた梅雨ちゃんがフォローするように言った。
「それを作ったのは爆豪ちゃんよ」
「ほんと才能マン、怖すぎる」
私も料理教室通うべきかなと耳郎さんが冗談めかして言っているけれど、私はそれどころではない。誰が、え?このプリンを、あの爆豪くんが?
この感動をすぐさま本人に伝えたくて、興奮気味に「プリンおいしかったよ、ありがとう!」とメッセージを送れば、すぐさま既読がついて[しね]のスタンプが返ってきた。ああ、なんてこった。完璧なプリン、写真を撮っておけばよかった!