「友達」の定義を問う

 7 |雄英2年・爆豪くんと障子くんとインターン

「おいブスストーカー!テメェなんで俺と同じインターン先に居やがる!」
「私だけじゃなくて障子くんも一緒なんだけど?」
「んなこたぁ聞いとらんわ!」
暑すぎる夏も瞬く間に過ぎ、秋の最初に決めたインターン先が爆豪くんとバッティングし、今何故か責め立てられています。いやほんとに、なんで怒ってるのかさっぱりわからない。
爆豪くんへの恋心を自覚したものの、喧嘩腰で向かってくるところにまできゅんとするわけではないので、内心ホッとした私である。そんなマゾヒストな精神は持ち合わせてはいなかった。しかし、一度キレはじめると近寄ってくるのは流石に心臓に悪い。ガンつけてくるとほんと目と鼻の先なんだよ。ひええ、近い、近いよ爆豪くん!私の心を正常に保つための距離を取って!
「責められる謂れはなくない?私だってこの事務所から指名もらってるし」
「うるせぇテメェは他所へ行けカス!」
「自分が他所へ行くという考えは…」
「ア゛ァ?」
「二人とも、パトロール中だ。喧嘩をするな」
障子くんが複製腕でもって私たちの首根っこを捕まえる。爆豪くんが少しだけ大人しくなる。彼はとてもとても悔しいが、障子くんに腕力では勝てないことを大変気にしているのだ。そしてそんな障子くんをお父さんみたいなポジションをさせてしまって本当に申し訳ない。
「ごめん、障子くん」
「気にするな、前を向け。爆豪も」
「ケッ」
爆豪くんがずんずんと先頭を歩き、その後ろに私、そして障子くんが続く。パトロールをはじめて一時間になろうとしていた。
この事務所の管轄区は商店街を含み、大小様々ないざこざが起きる。セコい引ったくりから、それこそ違法薬物の受け渡しまで。その治安の悪さ故にヒーローも多く配備されている強化地区に指定されているのだ。
そして最近目立っているのが誘拐や失踪事件である。客引きからの監禁や人身売買であるなどと噂され、正確な数は把握しきれていないが、ここ半月の間に7、8人姿を消しているという。失踪者も特定の性別や年齢・個性というわけではないし、誘拐されて戻ってきた人も記憶が曖昧なようで犯人探しは難航していた。
「せめて被害者の共通点でもあれば囮捜査できそうなのにね」
「そうさせないためのダミー誘拐もあるのかもしれん。少なくとも男だから安全というわけではないのだしな。だから爆豪、個人行動はするなよ」
「偉っそうに命令してんじゃねぇ!はよついて来いや!」
はいはい!曲がり角で立ち止まっている爆豪くんに急かされて走る。隣に追従する障子くんがぽつりと呟いた。
「なんだかんだ言いつつも、爆豪も俺たちを離さないように目を配ってはいるようだな」
「…うん、」
そう、一年の後期辺りから爆豪くんは変わった。一人で突っ走っているようで、周りを常に見ている。誰彼構わず当たり散らしていた頃は多分、余裕がなかったのだろう。粗暴や暴言は矯正できる見込みは今のところ皆無であるが、信頼できるヒーローになっているのは間違いない。それが自分のことのように嬉しいなんて。
「お待たせ。次、3丁目までの通りだよ」
「うっせぇ、わーっとる!」
また3人並んで歩き出す。結局、この日は何事もなくパトロールは終了した。




「あ、爆豪くん」
「あ?」
宿泊先のホテルのエレベーターホール、売店帰りのラフな爆豪くんに遭遇した。対する私もTシャツにハーフパンツという寮と大差ない装いだったので色々不問にしていただきたい。そろそろと側に寄ってみると、眠そうにくあ、と欠伸をしていた。エレベーターのランプが現在の階を表示する前に、思いついたように爆豪くんが言う。
「テメェ、」
「なに?」
「今から俺の部屋来い」
ぽーん、と軽い電子音がエレベーターの到着を告げる。呆然と立ち尽くす私の目の前で扉が開く。えーと、私の部屋何階だっけ…じゃなくて、え?今何て言った?
俺の部屋来い、って。
「はぁ?!」
「っせーな、何だよ」
「何だよはこっちだよ!な、な、なんで爆豪くんの部屋行かなきゃ…」
「おい閉めんぞ。乗らねぇんかブス」
「乗るよ!乗りますけど!!」
急かされてエレベーターに乗り込むも、頭の中はだいぶ、というか大変なことになっていた。ば、爆豪くんの部屋に、とか、どういう意味で?寮でもそんなこと言われたことないし…いや当たり前なんだけど。若干桃色じみた妄想が頭をよぎるが、いや、爆豪くんてそういうキャラじゃないよね?ますます分からない。
などと思考が行き詰まっている間に、無情にもエレベーターは目的の階に止まる。目的の階って何かって、爆豪くんの部屋の階だよ。私の部屋はもっと上の階だったもの。
「おいブス降りろ」
「や、待って、まだ心の準備が…」
「早よ来いや!」
「叫ばないで、行きますから…!」
しんとした廊下に響き渡る叫び声でクレームなんて入れられた日には、インターンどころではなくなってしまう。いつものスタイルで廊下を進んでいく爆豪くんについて行きながら、必死に別のことを考えようとしていた。夕飯のバイキングのパスタ美味しかったなとか、今日から新しいドラマ始まるってCMで流れてたなとか、どうでもいいことをつらつらと。そんな努力はしました。でも前を行く爆豪くんの背中を見たら全てが圧壊した。
やっぱり無理だ。好きな人に部屋に来いなんて言われて冷静になれるわけないじゃない。それに爆豪くんは自分のエリアに人を入れることを好まない人間のはずだし、寮の部屋だってミステリーに包まれている。あ、もしかして寝ぼけてる…?さっき欠伸してたし。そうか、きっとそうだ。
私が現実逃避している間に部屋のドアにカードキーを翳した爆豪くんが訝しげにこちらを見ていた。
「何しとんだテメェ、はよ入れや」
「や、入らなきゃだめ?」
「入れっつっとんだろがボケカス」
「…っす。し、失礼します…」
もはや脅迫じゃないか。暴言に慣らされたとはいえ私の脚はそれはそれは従順に動き、そうしてまんまと爆豪くんのテリトリーに入ってしまった。
どうしよう。いきなり脱ぎ捨てたパンツとか見てしまった日には逆セクハラで訴えてもいいんだろうか。でもちょっと興味あります、爆豪くんのパンツ。などと不純な妄想を続ける脳内が恨めしい。だが残念なことに部屋はとても綺麗に整えられている。そうですね、彼の性格からいえばそうなりますよね。何より今はここにご本人がいるので、この妄想を続けるのはダメだろ。
ガチガチに固まった私に痺れを切らした爆豪くんに背中を蹴り出され、部屋の真ん中までたたらを踏む。そこでようやく壁で死角になっていた奥のベッドに私たち以外の存在がいる事に気が付いた。
「遅かったな、爆豪」
「こいつがチンタラしてやがったからだわ」
「な、なんで障子くんまで」
なんか普通にいますね、障子くん。嘘でしょ、最初からいたの?いたなら言ってくださいよ!さっきまで馬鹿みたいな妄想をしていたことに猛省しますから!
正直穴にでも埋まりたい気分だったが、今の状況を整理するために質問を投げかける。カードキーを卓上に放り、爆豪くんがひと単語だけ呟く。
「ミーティング」
「ここ数日で気づいたことなどあれば情報共有しておきたいと思ってな、爆豪に声をかけたんだ。まぁ、どこにでも座ってくれ」
ミーティングって?ここにきて初耳なんですけど!?そういうことは先に言ってよ!最近、爆豪くんとはわりと意思疎通ができる気がしてたんだけど、やっぱり出来てなかったな!そして障子くんフォローありがとう、助かります。
さて、どこにでも、と言われてもここ爆豪くんの部屋なんだよね?一つだけある椅子は既に部屋の主に奪われている。ということは、ベッド、に座っていいのかな…失礼します。私の部屋と同じベッドのはずなのに妙に緊張してしまった。


「はじめに、だ。パトロールしてみて街の道は把握した。死角が少ねぇくせによくやるわ」
「ああ、横道も明かりが多い。人通りも満遍なくある。犯行は用意周到ってことだ」
「お店もガラス張りでオープンなところばかりだよね。雰囲気も明るいし」
「犯罪など微塵も感じさせんな」
なだらかにミーティングは始まった。こうなれば皆、ヒーローの顔になる。爆豪くんはアタッカー、障子くんと私がサポート。そういう内訳に自然になっていた。特に障子くんの複製した耳は情報収集に役立つ。
「そういうとこを突いてんだろ。テメェ、なんか聞いたりしなかったんかよ」
「複製の耳では有用な情報は得られなかった。ここ数日は表立っては活動していないのかもしれんな」
「行方不明の届けも出てねぇ。トンズラかよ」
「あのさ、」
手を上げて発言しようとすれば、二人分の視線が集まる。どちらも目力が強いから気圧されるけど、私だって二人と対等な立場なのだから物怖じはしない。
「ここの繁華街、人の横のつながりは強いから、犯人は外部から来た人間じゃないかな。でも、手引きしてる内部犯は居ると思う」
「根拠は」
「裏通りでなくても攫われた事例があったよね。そこまで周到に犯行できるってことは、此処を把握してる人も絡んでるんじゃないかって」
「一理はある、が決定的じゃねーな。妄想の域だ」
「一つの可能性としては考えておくべきだろうな」
意見の一つに凝り固まって先見が曇るのは避けなければならない。現場に出れば全てが可能性だ。
それからは細々とした点を話し合ったが、特に実りもなく。話が出尽くした頃には三者三様にため息をついた。
「面倒くせぇが、相手も馬鹿じゃねぇ。用心はしとく。が、俺はまどろっこしいのは嫌いだ」
「だよね」
「明日、何か動きがあればいいがな。俺たちの他にもプロヒーローが何チームか行動しているはずだ」
「他は他、ウチはウチだわ。ぜってーぶっ潰す」
「あくまで捕まえるんだからね、爆豪くん」
「ケッ」
嗜めるように言えばそっぽを向いてしまう。それから、止まっていた眠気がぶり返したのか、また欠伸をしている。随分遅い時間になってきたし、この辺りでお開きだろう。
「もう寝ようか。明日も頑張ろうね」
「そうだな」
「はよ寝てしね」
暴言は飛び出たがいつもの勢いはない。眠いから不機嫌なのかな?とすれば早くお暇しなくては。そうして半ば追い出されるように爆豪くんの部屋を出ると、ひんやりした廊下に障子くんと並ぶ。
「障子くんも、ありがとね」
「必要な情報は共有できたと思う。あとは向こうの出方だな」
「でも、ほんとにびっくりしたよ。爆豪くんいきなり俺の部屋に来い、としか言わないんだもん」
「下の雑談スペースでは誰が聞いているか分からないから個室で話すことにしたんだ。お前にも声をかけると爆豪が言ったんだが、まさか連れてくるとはな」
「爆豪くんが?」
「ああ。俺は男の部屋に女子を呼ぶのはどうかと思ったんだが、一人だけ情報共有出来てないのは駄目だと言ってな。ヒーローならば、あいつもそうしたいだろうからと」
そっか、と相槌を打つが、心はじんわりと満たされていた。ヒーローとなればどこまでもまっすぐ、真面目になる。ヒーロー科のみんながそうだけれど、私はそんなヒーローを目指す爆豪くんを好きになった。そこにちゃんと私も含めてくれていたことが嬉しい。今日はきっと、いい夢が見られそう。




翌日のパトロールも午前中は平穏そのもので、爆豪くんはそろそろ何も起こらないことにキレかけていた。何もないことがいいことなんだよ、と言っても無駄なんだろうなぁ。陽気な散策日和で道行く親子連れを微笑ましく見遣りながら、ふと視線を落とす。視界に侵入してきた影があった。
「おねぇちゃん、ヒーロー?」
どこから来たのか、小学生くらいの男の子が私の隣にいた。エンデヴァーのシャツを着て、小さなリュックを背負っている。とても不安げに揺れる瞳に、私の直感が働いた。彼は助けを求めている。縋るように小さな手を伸ばしてきたことで、それが確信に変わる。
「うん、ヒーローだよ。どうしたの?お姉ちゃんにお話してくれる?」
「…あの、」
少年の答えより先に障子くんの複製した耳が何かを捉えたのか、全方位に展開される。爆豪くんもいつでも飛び出せる態勢だ。焦るな、と自分に言い聞かせて男の子に向き直る。不安なら安心させなければ。仮免でも出来た、なら今出来ないでどうする。
「お姉ちゃん達、強いヒーローなのよ。エンデヴァーとも知り合いなんだから」
俯いていた男の子の目が淡く輝く。爆豪くんの余計なことを言うなという視線がビシバシ刺さるけれど無視だ。エンデヴァーと知り合いってのも嘘じゃないし、いいじゃない。使えるものなら何でも使うよ。子供の震える小さな手が握り締められて、その目に決意が見えた。
「あの、ぼくの、お母さん、を」
助けて。
それを聞くより先に、障子くんから音で情報を聞いていた爆豪くんが高く飛翔していた。障子くんも先に行くぞ、と言いながら駆けていく。
大丈夫、よく教えてくれたね、絶対に助けるよ。自分に言い聞かせるように男の子をぎゅうと抱きしめた。


音量を下げたのに耳を突き抜けるような咆哮がする。爆豪くん、いきなり元気になったな。男の子を近くの交番に任せ、私もすぐさま後を追った。インカムからもたらされる怒号から情報を拾い、駆けつけた先で障子くんの背中を見つける。彼の複製腕が二人の男を羽交い締めにしている。
「テンタコル!」
「三人逃げた!母親と思しき女性も一緒だ、先に行け!」
「わかった!」
障子くんの指し示す方向へそのまま駆ける。爆豪くんがそれを追っているはずだ。爆破の音がするからわかりやすくて助かる。通行人にぶつからないように人並を縫いながら走るが、所々犯人に突き飛ばされたのか道に座り込んでいる人もいる。
大通りを横切り、一際大きな看板のそびえ立つドラックストアの前、一人の女性が二、三人の男に腕を掴まれて身動きできなくなっていた。とにかく奴らの足止めをしなくては。咄嗟に個性を使って看板をそぎ落とし、目眩しにする。落ちたネオンが火花を散らし、男たちの行く道を塞いだ。出せる限りの声を張る。
「離してあげてください、嫌がってるでしょう!」
「あ?女のくせに生意気だな」
男が一人、こちらに向いた。相手は民間人を捕まえている上、何の個性か分からない。迂闊に手出しはできない。間合いをとりながら相手の隙を伺う。男は三人、捕まっている女の人が一人。障子くんは三人と言っていたけど本当にこれで全部だろうか。可能性を疑え。
そういえば、さっきから爆破が聞こえない。爆豪くんは何を追っていった?
「女じゃない、ヒーローですよ」
「ヒーロー気取りの間違いだろ、邪魔すんな!」
威勢のいい声とともに、男が拳を振りかぶって襲ってきた。これくらいの攻撃なら体術でいなせる。けれど、距離は保っておきたい。個性を使って地面を抉るように割ると、割れ目に足を取られた男は怯んでたたらを踏んだ。
その時、死角に入っていた物影からもう一人飛び出してきた。私は目を見開く。やっぱり、まだ共犯がいた。素早い動きで接近してきた男は力任せに平手をぶつけてくる。防御しようとした右手をそのまま掴まれて、体制を崩され。虚を突かれて反撃を出せぬまま、肩を軋むほど強く掴まれ投げ飛ばされた。背中から地面に叩きつけられて一瞬息が詰まる。咳き込む間に迫ってきた男が馬乗りになりながら叫んだ。
「ぐっ、」
「ははっ、ヒーローが何だってんだ!正義ぶって遊んでんじゃねえ!」
勢いのままに手にした堅いもので頭を殴りつけられ、視界が歪む。追ってきた障子くんの叫ぶ声が聞こえる。痛みに意識を失いかけている私に向けて男がもう一度振りかぶる。やばい。
「死んじまえヒーロー!」
危機感はあったけれど、意外と冷静だった。死ぬ?馬鹿なこと言わないで、死ぬわけないじゃない。その言葉、何度言われたかももう覚えてない。勿論向こうは煽り言葉だった。だから、それを聞いたら何が何でも死んでやらないって思うようになったんだよ。お生憎様、めちゃくちゃしぶとくてウゼェって最近評判の私ですよ!
「残念、そういうところが、雑魚なのよ!」
男が掴んでいた物を分解して粉々にすれば、次に仕掛けようとしていた攻撃が空振る。手にしていた物が消失した男は間抜けな顔を晒していたので、その隙を突いて下から顎を掌で突き上げた。まともに入ったことで男の上半身がぐらつく。
「がっ、」
「死ねェ!!!」
直後に横から飛んできたのは、過激な言葉の主から発せられる必要最低限の爆破。それでも男が気絶するだけの威力は十分あった。そこから爆破は続けざまに二度、三度。路地に響く軽快な爆音はいっそ心地よいくらいだった。その頃にはもう男達は完全に無力化されていた。
「店の裏につけてたテメェらの車、綺麗に廃車にしてやったわ。ハッ、ザマァ!」
ああ、爆豪くんは先を読んで犯人の逃走経路を封じていたのか。沈黙した犯人達を見て、もう動く必要がないと分かってほっとする。仰向けに倒れたまま、額に手を当てるとぬるっと指先が滑る。真っ赤になった指先を見てようやく冷静になってきた。さっきまではハイな状態だったから何とも思わなかったけれど、じわじわと痛みが襲ってきて急に力が抜ける。障子くんが私の身体を覆うように覗き込んできた。
「大丈夫か!」
「さすがに、ちょっと、起き上がるのは…無理かも…」
「動かなくていい、じっとしてろ」
頭、ガンガンする。もしかして結構血が出てるのか。勿論動けないままななので倒れたまま言われた通りじっといていると、耳元で靴が小石を踏みつける音。先ほどまで射していた光が遮ぎられ、逆光の中に不機嫌な目を見つける。
「何やられてんだテメェ」
地を這うような声が降ってくる。障子くんが諌めるような言葉を投げかけるが、当の爆豪くんは相変わらず私を見て言う。
「ザコ個性に素手でボコられるとかよ、ヒーロー科の名が泣くわ」
「爆豪、やめろ。今は、」
「……やられてないよ」
「あ?」
なんとでも言い返したくて、でも動くことができないから目だけを爆豪くんに向ける。じんじんと傷口が痺れるような感覚に顔を顰めた。
「ちゃんと捕まえたから、私たちの勝ちでしょ」
「屁理屈言ってんじゃねぇぞボケ」
眉間の皺が増えている。完全勝利が信条の彼には許せないことだろうけど、私だって必死だったのだから今は勘弁して欲しい。障子くんがさっきどこかに連絡をしてくれていたから、もう暫くの辛抱。
ふと目を周りにやると、こちらに向いて立ち尽くしている影に気がついた。そうだ、助けた女性がいたはずだ。顔を真っ青にしたその人は、両手を自分を守るように胸の前で握り締めたまま私たちに声を掛けてきた。
「あ、あ、ありがとうございます…!なんとお礼を言ったらいいか…」
「怪我はありませんか」
「わ、私はなんとも、でも、あなた…」
「はは…大丈夫ですよ」
「これくらいじゃ死なねぇわ、こいつは」
死なないけど死にそうになったんですよ。今猛烈に目の前の暴君をどつけない身体が恨めしい。それでもこの怪我は自分の怠慢が招いた自業自得だ。大人しく目を瞑って救急を待つしかない。
「少し、待ってください。じっとしてて」
震えながら、女性が私の怪我に手をかざしてきた。血とは別の温かさが皮膚から流れ込むように伝わってきて、不思議な気分。少しだけ触れた指先に血がついてしまったのを申し訳なく思いながら、少しだけ楽になったような気分になる。不安そうな目と目がぶつかって、これは?と問うと、
「私の個性、治癒系なんです。血小板を活性させてるくらいですが…傷を塞いだだけなのでちゃんと病院で診てもらってください」
「ありがとうございます、十分です」
震える手を握り、お礼ともう一つ、大事なことを伝えてあげなくてはいけない。安心させるための笑顔で彼女の目を捉える。
「子供さん、無事ですよ。交番にいます、会いに行ってあげてください」
緊張から解き放たれた女性の目から涙が溢れていく。それから何度も何度も縋るようにお礼を言われて、むず痒い気分になる。本泣きになる頃にはさすがに2人にむけて苦笑いを向けるしかなかった。




犯人の一人が無声という相手の声を一時的に奪う個性を持っていたために大きな騒ぎにならなかったということが後から伝えられた。事務所からも労いの言葉を貰い、残り数日は何事もなくパトロールが終了。一方の私はといえば、輸血と安静のために二日を病院のベッドで過ごすことになる。退屈だったけれど、助けた親子がお礼を言いに来てくれたのにはびっくりした。パトロール中に出会った爆豪くんと障子くんに病院を聞いたのだという。「お姉ちゃん大丈夫?」とベッド際で心配されるのはだいぶ居たたまれない気持ちになったけれど。

インターンも無事終了し、雄英へと戻るまでの束の間。ホテルのロビーでチェックアウトを終えた私が「ラーメン食べたい」と呟いたことで、急遽行き先が追加された。爆豪くんも空腹だったのか異論はなかったので、ホテルを出て商店街に向かう。
「美味い麺の店なら知っている。ラーメンでなく辛麺だが」
「ほんと!?あ、障子くんこっちの学校なんだっけ」
「ああ、ここよりもっと田舎の方にある」
「へぇぇ~」
パトロールの時とは違って、私と障子くんが前、後ろに爆豪くんが続く。目的の店はホテルから目と鼻の先だった。赤い暖簾に辛の文字が印象的なこじんまりとしたテナントだが、長い間ここにあるのかビルに馴染むような色合いだった。手動のドアを開けると威勢のいい挨拶が飛んでくる。店内には2、3人の客がいて夢中になって麺を啜っていた。
テーブル席についてメニューを広げる。辛麺のみの取り扱いだが、辛さも選べるみたいなのでほっとした。玉子も入ってマイルドになるのか、へぇ。
私と障子くんが普通の辛さで頼む一方で、爆豪くんが一番辛いものを注文していた。二人とも白米つき、食べるなぁ。
「え、一番辛くて大丈夫なの。なんか真っ赤じゃなかった?というかハバネロって文字が見えたんだけど」
「むしろ下の選択肢がねぇだろ」
「はぁ…さすが」
それは辛いものが好き、というレベルではなく味覚がおかしいのでは?とも思ったが、いやでも前に作ってくれたプリンは美味しかった。味覚の幅が広すぎるな。不思議なものを見るように目の前の爆豪くんを眺めていると、ウェイターさんが3つの丼と2つの椀を器用に運んできた。美味しいそうな匂いに刺激されて思わず唾液が出る。いただきます!
「辛いけどおいしいね!」
「悪かねぇな」
「口に合うようでよかった」
自分の分は玉子でかなり辛さは緩和されていたが、爆豪くんのその辛麺、さっきから対岸の私の目を刺激してくるほどのものなんですけど、とは言えなかった。彼は意に介さないようで、辛いとも辛くないとも言わず淡々と胃に収めている。やはり半ば信じられない光景だ。普通の辛さでさえ時間が経つにつれて体中熱くなるほど辛いのに。私の口は一つだが、障子くんは複製腕に口を出して辛さを分散していた。それはそれでなかなか器用だ。テーブル備え付けの氷水で流し込みつつ完食する。
ふと、そこで聞きそびれていた疑問が沸いてきた。犯人を追ったとき、爆豪くんが犯人ではなくその先を突いていたことだ。
「そういえば爆豪くん、店の裏に犯人の車があるってよく気付いたね。飛んでたから?」
「あ?テメーが言ったんだろうが。共犯がいるかもしれねぇってよ」
「信じてくれてたの?」
「あいつらが車って叫んでたからだわ、裏づけは十分だろ」
「ミーティングは役に立ったな」
「…まぁな」
障子くんが笑い、爆豪くんが鼻を鳴らし、そんな二人を見て私も笑った。


空港に着き、お土産に障子くんがオススメする辛子明太子を買った爆豪くんはちょっと機嫌がよかった。福岡から東京まで飛行機で約二時間。まだ本調子でない私の身体は休息を必要としていて、満腹の眠気も相まって離陸後すぐに眠りに落ちた。知らず知らずのうちに傾けた頭が隣の人の肩に乗り、甘い匂いが妙に心を落ち着かせたことだけは覚えている。
二時間後、その隣の肩の主に強烈な罵声とともに脇腹をどつかれるまで涎を垂らさなくてよかったと心から思うのであった。

(2020/6/21) <PREV▼ TOPNEXT >