A組の女子会は定期的に開催される。目的は色々だが、時間は夜更かししない程度に、部屋は日替わり制。共同スペースを占拠する男子に邪魔される心配もないので、とても気楽である。逆にわりとぶっちゃけてしまうところもあるのだが、そこはご愛嬌、と言うのは芦戸さんだ。
今日は19時半に八百万さんの部屋に集合した。目的とする話題はなかったので、シャンプー変えてみたとか、新しい俳優がかっこいいとか、明日の課題もしたりなど。もう1年以上付き合いのあるメンバーであることも相まって、そんなグダグダ会になることも少なくない。しかし、刺激が欲しいという声も出てくるのだ。
「麗日、その後なんか無いの?」
「な、なんかって、なんなん?」
「とぼけちゃってー!緑谷だよ!」
「そんな、なんもないって!デクくん今大変なんやから変なこと言わんといてよ」
「めっちゃ愛されてるじゃん、緑谷」
「もう、私のことはいいから皆はどうなん?!」
麗日さんがほんのり紅色に染まった顔で皆を見回して指摘する。そうされると、皆一様に目を逸らした。その反応から察するに、何か心の内に抱えるものがあるであろうことは明白である。
「私だけ追求されるのは不公平や〜!」
「まぁ、その話はおいおい」
「ほんとに?ちゃんと言ってよ?応援するよ!」
「そういやさ、」
耳郎さんが私の方を向いた。あれ、この流れは。
「あんた、爆豪とは最近どうなの」
「え」
「そうだよ、インターン一緒だったじゃん!」
「いや、それは障子くんも一緒だったし」
「何かないの〜!?ときめく話!」
と、言われましても。私と爆豪くんの間に、現状ときめきのとの字も存在していないのだが。相変わらず接点は戦闘訓練だけだし、教室で話したりはしない。私が話しかけることはあるけれど、向こうは聞いてなかったり威嚇されたりだし。
何にも、と答えるのはなかなか虚しい気持ちであった。雄英三年間、このまま友達にもなれずに終わっちゃうんじゃないかって。
そんなつまらない返答をしたのに、葉隠さんはテーブルから身を乗り出して話に乗ってくる。
「私ね、結構脈アリだと思ってんのよ!」
嘘でしょ、どこからどう見て?
「その話マジ?詳しく話しなよ」
「うまく言えないけどさ、なんか爆豪の対応違うじゃん、私らとさ」
「あ〜」
「分かるような、分からんような」
「え、何?なんの話?」
対応って、爆豪くんは皆に等しく威嚇したり喧嘩腰だったりするじゃない。私にだってアイアンクローだし罵倒だし蹴りはするし変わらなくない?あ、もしかしてウザがってる私にだけ当たり強いとかそういう話…?
そう正直にぶちまけると、皆同じように怪訝な顔をする。私だけなの?分かってないの。
「説明難しいよね」
「そうね」
「爆豪の方はさ、どう思ってんのかね」
「気になる〜!ね、どう?聞いてみたら?」
「…そんな怖いことできると思う?」
だよね!と一同同意見だった。なら言わないでほしい。
そんなの、私が一番知りたいのに。
その夜、なんだか眠れなくて気分転換にと共同スペースへと降りた。夜中となれば皆自室に引き篭もるので、1階には誰もいなくなる。テレビも消えてしんとしたホールをぺたぺたと進む。
しかし、そこで目的地のキッチンスペースに灯りが点いていることに気がついた。お腹がすいた切島くん辺りが夜食でも食べに来たのかなと思っていたのだが、意外な人物と出くわす。シンクに背を預けてペットボトルを開けていたのは、とっくに就寝したと思っていた爆豪くんだった。
向こうも誰かが来るとは思っていなかったようで、こちらを認識して舌打ちをした。
「…珍しい」
「そりゃテメェだろうが。何しに来やがった」
「ちょっと水飲みに」
私が冷蔵庫に近づくと、距離を取るようにシンクを離れていく。そんなあからさまに警戒しなくてもいいのになぁ。
冷蔵庫から女子用!とラベルされたミネラルウォーターを取り出し、コップの半分くらいに注いでちまちま飲んでいると、スペースの反対側にまだ爆豪くんは居た。先に寝てしまったと思ったのに。
「爆豪くんは、眠れないの?」
「ちげぇ。…テメェはそうなんか」
「今日はなんとなく寝られなかっただけだよ」
「そーかよ」
こちらを見たと思ったら目を逸らされたり。皆が言ってた脈アリってどの辺のこと?私には全然分からないよ。
ペットボトルを持て余すように持ち替えながら、爆豪くんは押し黙っている。どう思っているのか聞くなら、今なんだろうな。でも、聞けるはずがない。今はそんな余裕はないと彼の前で宣言してしまった手前、それを覆すわけにはいかない。それでも、どんどん好きになっていく一方なのになぁ。
「…今日の授業の戦闘」
「うん?」
長い沈黙を破って話しかけてきた彼は、目を合わせずにまた口を開く。
「個性の使い方、悪かなかった」
それだけ言って、ぺったぺったとスリッパを響かせて出ていってしまった。残された私は口の端から危うく水を垂れ流してしまうところだった。さっきの言い方。
「………もしかして、褒めてくれた?」
今の一言一句を噛みしめるように一生懸命飲み込み、ようやく理解してへたり込んだ。なんて事を言い捨ててくれたのよ。
そんなの、嬉しいに決まってるじゃない。
久しぶりに立ち寄った発目さんのラボはもうすごいことになっていた。一年の頃からのペースがむしろ上がっている気がするほどに埋め尽くされたベイビーの山を潜り、かろうじてデスクと思しき場所までたどり着けば彼女はいつものように一心不乱に何かを弄っていた。けれど話しかければちゃんと答えることは分かっているので、私は気兼ねなく呼んでみた。
「発目さーん、こないだ頼んだスーツの改良だけど…」
「おっ、出来ていますとも!しばしお待ちを!」
すぐさま顔を上げた発目さんはデスクの下から私のスーツケースを引っ張り出す。保管場所どうなってるの、とか今更問いただすようなことはもはやない。これが彼女の正常なのだ。
「動きやすくはなってると思いますが、その分少しだけ重量が嵩んでしまいました。その辺は追々改良させてください!」
「十分ですよ。いつもありがとうございます」
スーツケースを受け取って、私は女子会の会話をふと思い出す。発目さんはどうなんだろ。
「発目さんはさ、恋とか、好きとか、そういうの考えたことある?」
「そうですねぇ、そういうお悩みを解決するベイビーは考えたことありませんでしたね!」
「いや、いいです、考えなくても!」
速攻で断れば、そうですか!と元気に打ち切ってくれたので胸を撫で下ろす。聞く相手を間違えた。物理的にも精神的にダメージを受ける被害が出そうだし、発目さんもそういうことよりヒーローの発明してる方がよっぽどやり甲斐があるだろうし。
また作業に戻る彼女を見て、私もお暇しようと思っていたところ、ふと山積みになっている中に可愛い猫のマークがあるのが見えた。近づいて見てみると、それは片手で収まるくらいの大きさの箱だった。誰かからのお土産か差し入れの箱かな?それにしても、部屋中これだとゴミだか失敗作だかわからないな。…この箱、中身は何だろう。まさか数ヶ月前のお菓子とか…。そんなもの見て何になる、とは思うのがが、人間の好奇心というものは恐ろしい。躊躇いはあったものの、やはり見たい。見たい、見たくないのせめぎ合いののち、最後の最後、箱の蓋に手がかかったところで、私は開けない選択をした。さすがに虫が出てきたらやだしな!やめとこう!
元の場所に置いとこう、と手を伸ばした瞬間、箱が「にゃあ」と鳴いた。
「えっ」
次の瞬間、一気に視線が下がった。落ちるような感覚に、何事?!と受け身を取ろうとするが、いつもと何かが違う。身体が思うように動かなくて冷たい床にビタッと倒れた。痛い。
もう、一体何なの。とりあえず立ち上がろうと身を起こすために手をついて、絶句した。
ふさふさした毛、隠れた爪、紛れもなく前脚。というか猫の手、だ。
「あーっ、それに触れましたか!それはですね、一定期間触れたものを猫に変えるベイビーです!」
発目さんの元気な説明が右耳から左耳に通り抜けていく。ベイビーです、って。やっぱりロクなもんじゃなかった!というか何だって?はぁ、猫に。猫に?はあぁ?!
「数時間で解けますから大丈夫ですよ。やぁ、何かに使えればいいんですけどね!」
何に使うために作ったんですかこんなもの!やはり凡人には到底理解できない思考回路だ。
けどまぁ、時間で解けるなら大人しくしてればいいか。最悪ここで寝かせてもらうことになるのかもしれないけど。
猫になるという今まで経験したことのない未知の体験だが、最近とみに神経が図太くなったのか落ち着いたものであった。ここまでは。
いや、待って。大問題がある。今日は爆豪くんと恒例の約束がある日だ。そうだよ、よりにもよって今から!ど、どうしよう?!
とりあえず連絡しなければ、と落ちていた自分のスマホに駆け寄った。てんてんと前足で触れてみるが、反応がない。いや嘘でしょ、壊れた?!
…あ。そうか、朝、充電忘れてたんだ!帰ってからやればいいやと思っていたのに、今まさに充電切れか!!こんなことなら上鳴に充電しといてもらうんだった!
連絡手段が無反応となれば直接行くしかない。スマホをどうにか鞄に突っ込むと、その身ひとつでサポート科のラボを飛び出した。
四つ足歩行って難しいな!廊下の天井もいつもより高い。誰かに見つかってつまみ出されませんように、と願いながら外へと急いだ。
水を吸った毛皮ってこんなに重いの。夕方降り出した雨はぐんぐん雨足を強め、至る所に水溜りを作っていた。数年に一度の豪雨とか、そんなことを朝の天気予報で聞いたのを今更思い出す。なんで今日に限って降るのよ、と憤慨しても仕方がない。覚束ない四つ足で訓練施設へ急ぐ。
爆豪くんは待っていてくれるだろうか。私が来ないから怒って帰ってしまっているかもしれない。少し時間オーバーしても爆ギレをかます彼のことだ、今もう既に一人で爆発しているかもしれない。
謝らなきゃ。それだけが私を急かしていた。
雨の厚いカーテンの向こうに施設の入り口が見える。その軒先に淡く光るスマホの明かり、鈍色に光る彼の薄い髪色。
爆豪くんはそこにいた。待っててくれていた。目頭が熱くなって、涙なのか雨なのかわからないほど目が潤んで仕方がない。
ずぶ濡れになった私がよたよたと彼に近づくと、向こうも私に気づいたようでスマホから目を離した。びちゃびちゃになった私を見て、目を丸くしたあと噴き出した。
えっ、笑われた?
「なんだお前、猫のくせに鈍臭ぇな」
ここには爆豪くんと猫の私しか居ないからだろうか。今まで見たこともないような、柔らかく楽しそうな顔で彼は笑っている。
爆豪くんも、そんな顔するんだ。
今、とてもドキドキしていて、きっと人間だったら顔が真っ赤になっている。それくらい、心を奪われた。もっと近くで見れたらよかったのに。私の目の高さは人間の脛くらいだから、すごく遠くに感じてしまう。
どうにか伝わらないだろうかと鳴いてみるものの、やはり猫の鳴き声にしかならない。うにゃうにゃと自分でもなんだこの声、というような情け無い鳴き声ばかりが響き渡る。そのうちに上から「うっせえ」という声とともに舌打ちが降ってきたので押し黙るより他なかった。
しかし湿った毛皮の水が蒸発してきたのか、身体が冷えてきた。寒い。「ぷしゅっ」とくしゃみをすれば、余計に寒くなった気がして身体を震わせる。あぁ、猫ってこういう時身体を振りたくって水を落とすんだっけ…。当然私は猫ではないのでわからないし、そもそも振りたくって落とせる水の量を優に超えているのだ。あと慣れない身体で疲労もやばい。
もう少し雨が振り込まないところまで移動しようとよたよた歩き出すと、目の前に爆豪くんの革靴が真横から滑り込んできた。突然の出来事にびっくりして思い切り尻餅をつく。もう、いきなり何なの!
上を見遣ると赤い目がこちらを見ている。もしかして、気付いてくれた?……な、わけないか。しかしまぁ、本当にじーっとこちらを見てくるので勘弁して欲しい。何か彼の気に触ることがあったろうか……いや、ありましたね。現在進行形で私が約束をすっぽかしてるんですね。不可抗力なんですけどね…。
私から視線を逸らさずに座り込んだ爆豪くんは、どさっと背負っていた鞄を傍に降ろした。その音にまたびっくりして身を竦ませる。何をしようとしてるんだろう。降ろした鞄からタオルを引き出していて、その様子をじっと見ていると。
「おら、来い」
大きな手が私の首根っこを捕まえて、軽々と掴み上げる。その勢いのままにタオルの中に放り込まれ、わしわしと身体を拭かれ…。
いやちょっと何?!何が起こってる?!
爆豪くんが、鈍臭い猫の私に見兼ねて手を出してきたのだ。やり方は乱暴だけど、柔らかいタオルの温かさとほのかに香る甘い匂いがものすごく心地よくて、それもまた私を混乱させる。身体を摩る手がすごく気持ちいい。って、うわ、これ、やばい、やばいやつ…!ついうっとりとしてしまう心を叱咤する。
粗方の水分を拭ったところで、タオルごとひょいと抱え上げられる。何、これ以上何をされるの?!と身構えてみてもこの姿では怯えてるようにしか見えなくないか?
などと思考を飛ばしているうちに胡座を組んで座り込んだ彼の脚の上に降ろされて、いよいよ私の混乱と緊張もピークに達する。そうして固まっている間に足も尻尾も丁寧に拭かれて、至れり尽くせりというか、甲斐甲斐しいというか。ずっと爆豪くんの手が私の身体を行き来していて、落ち着けというのも無茶な話である。
…爆豪くん、猫好きだったの?
「動くんじゃねぇ、じっとしとけ」
むすっとしながらも熱心に水気を拭いてくれる。この手でいつも威嚇されたりアイアンクローきめられてるんだよなぁ。…こんなに優しくも出来るんだ。
一通り終わる頃には真っ白だったタオルは足についていた泥で汚れてしまった。何も考えずに走ってきたから気にしていなかった。
そういえば、今更ながらに気づいたことがある。前にインターン帰りに寝こけてしまった時にした甘い匂いと、タオルからした匂いが同じこと。前に緑谷くんが教えてくれた、かっちゃんのニトロってね、甘い匂いがするんだよっていう雑学知識。今ならわかる。これ、爆豪くんの匂いだったんだ。確信してしまった以上、気になってタオルに鼻を近づけてみたけれど、もう土と水の匂いに変わってしまっていた。
爆豪くんは私を乗せたまま、人差し指で頭を撫でてくる。普段だったらこんな恐ろしいこと出来るわけがないんだけれど、この姿だしとつい甘えるように擦り寄ってしまった。
ほんとに気持ちよくて、動物的本能だから、私は猫だからと言い訳してみても、そんな訳がない。ひとつも猫らしいことが出来ないくせに、今だけそれに甘んじるなんて。こんなに近くに居るからどうにも離れがたい。
結局、心地よさに負けて爆豪くんに抱えられたまま今に至る。雨は相変わらずザアザア降っているし、陽も落ちて辺りは真っ暗になってしまった。
思い出したようにスマホを弄る爆豪くんを見ながら、なんとか意思疎通ができないかと思ったけれど、散々世話を焼いてもらって今更私ですなんて名乗り出るのも勇気が要る。
…というか、すぐに帰っちゃうと思ったのに。何でそんなに律儀に待っててくれるのよ。遅れたらすぐ怒るし、気の長い性格じゃないのは分かってるはずなのに。なんで。
「既読、つかねぇな」
独り言が落ちてくる。静かな声が私を震わせた。爆豪くんが今誰にメッセージを送ってるかなんて、この状況で分かりきったことだ。
「…来ねぇんか」
居るよ、ここに居るんだよ。
声を出してみても鳴き声にしかならなかった。それが切ない声に聞こえたのか、あやすように指が私の頭をまた撫でてくる。
どうして私は今話せないんだろう。どうして爆豪くんはそんな寂しそうな顔をするんだろう。いつもみたいに一人でキレて突っかかって、私の頭を引っ掴んで怒鳴って。私の知ってる爆豪くんはそういう人だったはずなのに。
「おや、戻りましたか!」
「戻りましたよ…」
ゲッソリしながらサポート科のラボへと向かうと、案の定灯りは煌々としていて、発目さんは相変わらず何かを弄くり回していた。この人いつ寝てるんだ。
ともかく、これ以上被害に遭わないように鞄を回収して、速やかに脱出する。
あの後、爆豪くんは私を残して帰っていった。雨の中、離れていく背についていこうとも思ったけれど、いつ元の姿になるのか分からないから追うことは出来なかった。
程なくしてちゃんと元の姿に戻れたはいいものの、傍に置いていかれたタオルを見て言葉が出なかった。汚れてしまったそれを大切に抱えて蹲る。約束、ちゃんと守ってくれようとしたのに、ごめん。それに、どうしよう、もっと好きになってしまった。このタオルはバレないようにちゃんと持ち主に返さなくては。
猛ダッシュで寮に帰って、真っ先にスマホを充電コードに繋げる。一刻も早く謝りたくて、待っている時間がじれったい。ようやく電源が点くだけの充電が完了し、画面が明るくなった。通知が数件、全部爆豪くんから。
[おい]
[ブス]
[無視かよ]
[ふざけんな]
未読になっていたメッセージを読み進めるうちに視界がぼやけてくる。こんなに送ってきたこと今までなかったじゃない。いつもの何気ない罵倒なのに、送ってきた爆豪くんがどんな表情をしていたのかを知ってしまった。震える手でメッセージを返す。
[ごめん、サポート科の事故に巻き込まれて連絡できなかった。約束破ってほんとごめん]
ごめんがダブってることに気づいたのは送信後だ。でも今すぐにでも謝りたかったのだ。あんなにちゃんと待っててくれるとは思わなかった。あんな言い方、心配してくれたんじゃないかって自惚れても仕方ないじゃない。
でも、同時に居心地の悪さも感じていた。普段見ることができない彼の一面をズルして垣間見てしまったようなものだ。私が恋心を隠しているように、爆豪くんにも見せたくないものがあるはず。いつぞやの夜に弱音を吐いてきたように、ぶつかってくるまでは不可視な感情だ。
スマホを抱えたままベッドに蹲る。省エネモードに入った画面がまた暗くなって、ため息をついた。日付が替わるくらいの時間だし、もう寝てるかもしれない。私も寝てしまおうと瞼を閉じた。明日またちゃんと謝ろう。きっと怒るんだろうけれど。そう思っていたのに。
不意にぽこぽこと怒涛のメッセージ着信の音が響く。何事かと齧り付くようにスマホを見てみると。
[許すと思っとんのか]
[まじでしね]
[ぶっ殺す]
[カス]
[しね]etc...
文字入力すら鬱陶しくなったのかスタンプで延々と罵倒のメッセージが送られてくる。延々、延々。
「ひぇぇ…」
ついスマホを遠ざけて経過を見守ってしまった。そりゃめちゃくちゃ怒るよね、ごめんね!通知が30件を超えた辺りで怒涛の爆撃は終わり、スマホはまた沈黙した。よ、読むの怖いなぁ…。
それでも読まなかったらまた心配させてしまうかもしれないし。そろそろと確認してみると、スタンプの間にも軽快に罵倒を挟んできていて、ブス、バカ、アホ、ストーカー、遅刻魔、二つに分かれろブスなど一通りのレパートリーが並んでいた。その種類に逆に感心する。分かれろブスって…、さすがに自分の個性で自分は分けられないよ。
最後のメッセージは「寝る。もう送ってくんな」だった。読んでくれなくてもいい。「おやすみ。ありがとう」と返して私も眠りについた。
翌日昇降口にて、挨拶より先にアイアンクローをかまされた。力加減も容赦もなかったけれど、いつもの爆豪くんだと思うと嬉しくなって。ついだらしない顔をしてしまい、また爆ギレされた。
「朝からクッソだらしねぇ顔してんじゃねぇぞ、ブス!」
「だから本当にごめんって。…昨日、待っててくれたの?」
「ンなことすっかよ。詫び死ねカス!」
やっぱり、素直には言ってくれない。気がすむまで私の頭を締め上げたあと、フンと鼻を鳴らしてさっさと教室へ行ってしまった。麗日さんが寄ってきて、相変わらずやねぇと苦笑いしていた。いつも通りの爆豪くんだよ、と私も返した。
優しい爆豪くんは、私だけが知っている。