三年になった頃、私はため息ばかりついていた。
雄英は三年間。あと一年もしないうちに卒業してしまう。
爆豪くんはきっと卒業して、トップヒーローになって、個人事務所を構えて、そういう希望があって今頑張ってる。対する私といえば、卒業したら爆豪くんと会えなくなっちゃうなぁ、とそんなことばかり考えている。
彼みたいに野望があるわけでもなく、派手な個性もない私は、地方のヒーロー事務所で平凡な日常を送ることになるのだろう。TVで爆豪くんの活躍を見たり、熱愛報道を知ったり…するんだろう。考えるだけで憂鬱になる。
だって私は将来の夢としてヒーローになるために雄英に来たわけではなく、爆豪くんを見てヒーローになろうと思ったのだ。私のヒーローに対する熱意は、爆豪くんの側にしかない。こんなことで、卒業してヒーローを続けられるんだろうか。
そんな事を毎日考えるようになって、皆がどこの事務所に入りたいねなんて夢をキラキラと語り、そんな未来が目の前まで差し迫ってきて、どんどん心が沈んでいった。
春なのになぁ、新入生のみんなは初々してくかわいいのになぁ。三年になって教室は変わったけれど、メンバーはずっと変わらない。相澤先生の除籍処分がただの噂だったんじゃないかと思えるほどに、誰一人欠けることなくクラスの全員が同じように三年になった。合理性なのかなんなのか席替えなんてイベントは起こらないので、私は一年の時からずっと爆豪くんの背中を見てきた。
窓辺に頬杖をついて外を眺めていても、楽しそうな声しか聞こえない。麗らかな春の陽射しさえ恨めしくなってくる。
「これなに〜?」
陽気な葉隠さんの声に目だけ向けると、それはとても見覚えのある一枚の使用済み航空チケット。というか、私がペンケースに大切にしまっておいた御守りだ。あ、あれ?なんで!
「わ、私の!」
「なんかトクベツ的な?」
「なんでもない。はい、返して」
「仕方ない。落とさないでね、大切なもの!」
「だか〜ら!違う!」
渋々返してくる葉隠さんに、また根掘り葉堀りされる前に回収しておきたい。特に爆豪くんにはあんまり見られたくなくて焦っていた。私の手に渡る前に掴み損なったチケットは指の間をすり抜けて、ひらひらと宙を舞う。慌てて追いかけた先、床に落ちた瞬間に丁度歩いてきた上鳴の靴がそれを踏みつけてしまった。
「あーっ!」
「えっ、何?!何だよ」
「バカ電気ちょっとそこどいてよ!」
「え?なに?」
上鳴の足を叩いて退けさせる。そこに確かにチケットはあった。良かった、そんなに汚れてない。
またちゃんとしまっておこうと手を伸ばしたはずが、チケットに手が届く前にそれを拾い上げた者がいた。上鳴と一緒に教室に戻ってきていた爆豪くんだ。よりにもよって一番見られたくない人に見られてしまった。
「…これ」
「あ、いや、それは」
「博多のインターン時のだろ。何で持っとんだ」
爆豪くんの目がチケットから私に向けられる。インターンの日付、覚えてたんだ。
「別に、捨ててなかっただけ」と返す。私を信じてくれたのが嬉しかったから、などと言えるわけがないのだ。ともかく、悟られたくなくて何でもいいから返して欲しかった。
「拾ってくれてありがと。返してくれる?」
「捨てんならちゃんとゴミ箱に捨てろや」
きっと、爆豪くんからしたら何でもない発言だった。使用済みのチケットなんて、特別なものでなければ保存したりしないのだから。
でも、私にとってはそれは捨てられるものでも、ましてやゴミなんかじゃない。あの日あの時に、爆豪くんが私に自信をくれた証拠みたいなものだったのに。
「…うん」
ちゃんと手渡しで返してくれたのに、全然嬉しくない。爆豪くんも上鳴もダベリながらそのまま脇を通り過ぎていった。
手渡された時、手は震えていなかっただろうか。泣きたくないのに、泣きそうになる。両手で懸命にシワを伸ばして、またペンケースの奥底にしまい込んだ。
踏まれて足跡がついたチケットは、踏み荒らされた私の心みたいだった。
放課後の教室は静かだ。寮生活になってからというもの、わざわざ教室にたむろするよりはみんな寮で集まることが多くなった。必然的に、放課後の教室は一人になれる確率が増えた。
誰もいない教室で、自分の席から爆豪くんの席を眺める。どうしてずっとこの空間が続かないんだろう。あと何度、私は彼の背中を眺めることができるのか。
ただ一点を見つめたまま動けずにいると、教室のドアが勢いよく開かれる。
「あれ、まだ帰ってなかったん?」
「うん、ちょっとね」
元気よく入ってきた麗日さんは忘れ物〜!と自分の席に駆け寄っていった。今日出た課題のノートだろうか。そういえば私もまだ全然手をつけてない。寝る前までに終わらせないと。
目的のものを見つけたらしい麗日さんは、顔を上げて私の方を見た。そして一緒に帰る?と聞いてきたのだ。私はまだ居る、先帰っててと返す。
「じゃあ私も居ようかな」
「え、」
「なんか聞いてほしいみたいな顔しとるやん」
麗日さんのこういうところがいつも眩しい。私はその温かさにいつも救われて、弱音を吐いてしまうんだ。
「うらちゃんはさ、卒業したらみんな別々になっちゃうの寂しくない?」
「…そりゃ、寂しいよ。みんなでやってきたもん。…最近ずっと元気ないの、その所為?」
静かに頷くと、彼女は柔らかな顔で受け止めてくれた。
「寂しいってのは私もわかるよ。でもさ、三年間でやってきたことは無くなったりしない。それは、将来必要なもんになっとるんよ。寂しいなんて言うてたら、一歩も動けなくなってしまうやん」
「…そうだね、」
頷きながらも、心では肯定出来かねていた。クラスメイトは変わらない。私も爆豪くんも変わらない。でも、その関係はどうなってしまうのか。それがただただ恐ろしい。
帰ろう、の声に弱く頷く。窓の外はいつの間にか夕暮れに染まっていた。
爆豪くんの爆破の威力は一年の時から見違えるほどに上がった。最近はもうかわすのもギリギリになってきていて、どんなに分割しても私のスーツを焦がすほど熱い。
強い。勝てない。
最初から勝てないのは分かっている。でもこんなに差が開くもの?私はまだ、努力が全然足りてないんじゃないの?
「…ごめん、ストップ」
「ア゛ァ?!」
「今日はもう降参。グローブ、焦げちゃったし」
「チッ」
思えば、私からストップをかけたのはこれが初めてだった。いつも私が這い蹲って、爆豪くんが勝利宣言をして。そんな感じだったから、不本意なのだろう彼は納得いかない顔で睨んできた。
「あんだよ、やる気ねぇんか」
「あるよ、あるある」
「ある奴の台詞じゃねーだろが、クソ!」
不完全燃焼の残り火を燻らせ、爆豪くんはどかっと腰を下ろした。
私も対面したままその場に座り込んだ。グローブが焦げたのは嘘じゃない。でも、それくらいでやめたことなど一度もなかった。どちらかといえばお互い喧嘩みたいに火をつけ合って、私の限界がくるまでやってたのに。
今日は仕掛けてくる爆豪くんを前に私の心が既に負けていた。ギラギラとした赤い目を向けられて、それを正面から受け止めることができない。気がつけば逃げること、そうして降参を選んでいた。彼にはとても失礼なことをしている自覚はあったけれど、打ちのめされる覚悟は出来ていなかった。
いつもより少し早く、施設を戸締りする。爆豪くんはいつも先に帰ってしまうから、鍵を職員室に返しに行くのは私の役目だ。
でも今日は違った。私が戸締り確認して入り口の鍵を閉めようとしていると、彼は建物前で壁を背にしてそこに居た。もしかして待っててくれたのだろうか。
鍵が閉まったかを確認して爆豪くんに近寄ってみれば、終わったんかよ、と言ってきた。
「うん、待たせてごめん」
「待ってねぇ。…テメェに聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
何だろう。何か教えられる分野を持ち得ているとは思っていないので、爆豪くんの言葉を待った。
夕方の空はオレンジから紫のグラデーションに変わっていて、お互い暮れの陽に照らされていた。
「就職先、決めたんかよ」
「それは…まだ、全然」
「出遅れてんじゃねーわ」
「わかってる、わかってるよ……先生みたいなこと言うね」
「アァ?!」
正直、今一番聞かれたくない事だった。爆豪くんはもうどこか決めているだろうし…いや、むしろ事務所の方から声がかかっているかもしれない。一年の体育祭から良くも悪くも目立ってきた彼だから。それを見込んでスケジュールを組んでいるだろうから、私みたいにまだフラフラしている生徒はさぞ滑稽に見えるだろう。
案の定舌打ちをされてしまった。早く話を切り上げたくて、ふわふわした未来図を吐露する。
「私はどこでもいいんだよね。きっとやることは変わんないんだし。…地方の平和なとこでのんびりするのもいいかな。なんてさ、思ったりもするんだ」
「隠居でもするつもりかよ、もっと欲かけや」
「って言われてもなぁ。爆豪くんみたいにオファーもらったりしてるわけじゃないし。北海道とか、どうなのかな。チーズケーキ有名なのあるよね」
「…テメェ、それマジで言ってんのかよ」
「もう、何だっていいでしょ。爆豪くんには関係ないじゃん」
自分でもあんまりな言い方だったと思う。でももう耐えられなかったんだ。私だけが、どんどん、どんどん取り残されていくような日々が。前よりずっとずっと頑張ってるはずなのに、全然追いつける気がしない。離された未来に、私はついていけない。ここから立ち去ってしまおうと、職員室へと歩き出した時。
突然、背後でガンッ!と大きな音が響いた。びっくりして見てみれば、爆豪くんが渡り廊下の柱に足を掛けていた。柱を蹴った音だったのか。何故か突然物に当たり散らすほど、今彼は激昂している。
私がその光景に呆然としていると、早足で近づいてきた彼はすれ違いざまに肩をぶつけてきた。こんな理不尽な暴力、久しく受けたことはない。いつも何か怒鳴ったりしつつもじゃれ合いのようなものだったから、無言の今は余計に怖い。ぶつかられた私は勢いを殺しきれず、2、3歩よろけて尻餅をついた。
「勝手にヒネてろ、クソが」
怒鳴り声ではなかったけれど、低い声が何故かとても怖かった。私の方を少しも見ることもなく、短く吐き捨ててさっさと帰ってしまった。なんで爆豪くんが怒ったのか、全然分からない。
聞いたら答えてくれるだろうか。そう思っても、追いかけることも引き止めることもできなかった。今の私では、何を言っても怒らせてしまう。そんな気がしたのだ。
なんとなく口から出た北海道だが、短期インターン先として受け入れがあると相澤先生は言った。思わず、じゃあ行ってみてもいいですか、と答えていた。先生は若干渋い顔をしていたけれど、最終的には連絡を入れてくれた。
早速身支度をする。善は急げだ。でも、やる気があるわけではなかった。爆豪くんに強く当たられて若干自棄になっていたかと言われれば、そうだと思う。将来を決められないだけで、何故肩をぶつけられなければならなかったのか。単純に爆豪くんの顔を暫く見たくなかったから、だから私は北海道に行くのだ。
クラスメイトの誰にも会わずに寮を出た。最寄りの駅までは豪気な足取りだった。
けれど、ホームで電車を待っていると色々考えてしまう。なんで突然、意味はあるのか、何がしたいか先に考えろ、などなど。考えを打ち払うためにSNSでも見てようかな、とポケットを漁った矢先に気づいてしまった。
ああ、スマホ、忘れてきた。充電しようとコードに繋いで、そのまま。
ほんと、何やってるんだろう私。今更ながらに後悔が滲んでくる。本当にただの癇癪だ、こんなの。ガラガラの電車に揺られながら、陰鬱な気持ちはどんどん増していった。そんな気持ちのままだったから短期だったインターンは少し長引いて、2日延長して雄英に戻ることになる。
その間、女子グループが私と連絡取れないねと話していたり、それを爆豪くんが聞いていたことなど、私は知る由もなかったのだ。
「本当にすみません」
「あはは、いいのいいの。チームなんだから、これはみんなのミスよ。それよかさ、気分転換に行かない?」
北の大地のヒーロー事務所は、みんな大らかというか、のんびりというか。今一歩でヴィランを取り逃がしてしまったことを謝れば、どんま〜いと背中を叩かれた。そりゃあ、凶悪な奴じゃなくて野菜泥棒みたいなみみっちい奴だったけれど、ほっといてカフェに行ってもいいの?そんな感じで緊張など存在しなかった。それが逆にとても有難かったけれど。
「この時期に飛び入りで入ってくる子なんて珍しいから、つい甘やかしたくなっちゃってね〜。何食べる?ミルクアイスが美味しいよ〜」
「はぁ…」
昼過ぎの店内はそこそこ客がいたのでヒーロースーツで入るのは何だか躊躇われたのだが、先輩が先に行ってしまったので同行するしかなかった。テーブル席についてメニューを眺める。そうすると、もう周りの目は気にならずに迷ってしまうのだから現金なものだ。
「ね〜、好きな子いる?」
注文待ちの間、先輩がにこにこしながら尋ねてくる。先輩はとてもいい人だけど、マイペースがすごい。性格的に芦戸さんや葉隠さんに似ているけれど、もっとルーズだ。
さっきの失態の負い目があり、ここは遠い地だということも加味して、私は正直に吐いてみることにした。そろそろ誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「まぁ…いますけど」
「同じ学校の子?」
「はい、同じクラスで…。でも、卒業したら会えなくなっちゃうと思うんですよね」
「どうして会えないの?海外でも行っちゃうとか?」
「いえ、そういうのじゃないです。なんか、その人は私よりずっと凄くて、社会に出たら私は置いてかれちゃんうんじゃないかって」
「社会ねぇ」
これは人生の先輩からのアドバイスだけど、と前置きして彼女は話し始める。私は答えが欲しかったわけではないけれど、なんとなく聞かなければいけない気がして居住まいを正した。
「学生の君らからしたら、社会ってめちゃくちゃ広いように見えるけど、全然そんなことないよ。他人は他人だし、知ってる人は知ってる人。そうそう変わるもんじゃないよ。私はこの歳になってそう思っちゃった」
「そう、ですかね…」
「それにさ〜、置いてかれるなんて、壁作ってるのはあなたの方じゃない?」
「そんなこと、」
「ないって思う?」
そんなことを笑顔で言われて、私は何も言い返せなかった。図星だ。
確かに、私が距離を置くようなことはしても、爆豪くんに距離を置かれるようなことはされてない。私が傷付きたくなくて、勝手に離れようとしているだけだ。
何となくそんな自分が恥ずかしくなって俯く。握りしめた自分の両手はきれいなものだった。少し前に爆豪くんの攻撃を避けきれずについたかすり傷だって、もうなくなっていて。かさぶただってあったはずなのに。人間の治癒力って凄いな。離れていけばこうやって、消えていくだけ。
一年の春、爆豪くんに出会った。クラスの中で一番派手でギラギラしている彼に惹かれて、私は彼を追うようになった。喧嘩っ早いし、すぐ怒鳴る、すぐ爆発する。でもたまに見せてくれる面倒見の良さや、配慮は私がずっと追ってきて知ったものだ。私がヴィランに会って閉じこもっていた間に作ってくれたプリンだって、私の為じゃなかったかもしれないけれどすごく嬉しかった。
二年になってもっと彼の優しさと、そして信頼を知ってしまった。団体行動が嫌いだった彼が、ヒーローとして一緒に行動するための話し合いをするようになった。その輪に私を入れてくれた。そして、いつもの約束を無下にすることなく待っていてくれた。頭を撫でてくれた手の温かさを覚えている。
私の雄英二年間は爆豪くんで埋め尽くされていて、なかったことになんてできるはずがない。三年になった今、爆豪くんから離れてその二年を消してしまえるの?
それは、嫌だと思ってしまった。私が爆豪くんから受けたものがいっぱい、いっぱいあったのに、それが全部消えてしまうのは耐えられない。爆豪くんを追うことで傷付くなら、傷付く覚悟をしたい。そういう私に、なりたい。
悔しくてせり上がってきた涙の気配を押し殺して、顔を上げる。先輩はのほほんとした顔でミルクアイスを食べていた。私の方にもいつのまにか置かれていたけれど、少しだけ溶け始めていた。
「あの、」
「な〜に?」
「インターン、延ばせませんかね」
「う〜ん、学校の方に聞いてみてからかな」
「本当に申し訳ないんですけど、逃したまんまっていうのなんかスッキリしなくて。絶対捕まえますから、お願いします!」
グダグダしてて出遅れた分、取り戻さなきゃ。焦りというよりはモヤモヤを発散したくて、気づいたらそう申し出ていた。爆豪くんにヒネてると言われた私なりにもケジメをつけたかった。
先輩ヒーローはほどほどにねぇ、とのんびり口調であったが、仕事となればやはり頼りになった。
「は?」
インターンから戻った寮の玄関先で出くわした爆豪くんの第一声はこれだった。鳩が豆鉄砲を食ったような、という感じ。目をまるく見開いた彼は、次の瞬間にはギッとヴィランの顔になっていて…えっ、怖い!何?!
「テメェ、ツラ貸せ」
「えっ、ちょっと?!」
キャリーカートを玄関に置き去りにしたまま、爆豪くんに首根っこ掴まれて引きずられながら寮を出た。そんな、荷物の片付けくらいさせてくれてもいいじゃない。そんな話が通じる相手だったら私も黙ってついて行ったりはしなかったけれど。
寮の裏手まで来たところで、ようやく解放して頂けた。険しい顔をした爆豪くんは、静かに質問を投げつけてくる。
「なんで連絡返さなかった」
「え、あれ?爆豪くんなんかメッセくれたの?」
「ちっげーわ、女子共だ!テメェと連絡取れねぇって五月蝿えんだわ」
「あ、あぁ…ごめん、スマホ部屋に忘れたまま電車乗っちゃって。相澤先生には向こうから連絡入れたんだけど…」
「………そーいうことかよ」
はぁ、とため息をついて爆豪くんが壁を背に寄りかかる。その横顔はさっきより幾分かトゲが落ちた気がした。
私がスマホ忘れたことでそんな大袈裟になってたなんて…後でみんなに謝らなきゃなぁ。しかし、女子のみんなが心配してくれてたのは分かったけれど、それなら爆豪くんが私を連れ出したのは何故?
「ごめんね、心配かけちゃって」
相変わらずぶすっとして、こちらに目もくれない。彼の中で何を思って、どういうつもりでここまで引きずってきたのか。それは私にはわからないし、きっと聞いても答えてくれないだろう。
なら、少しだけ私から吐き出しても聞いてくれるだろうか。そう思って口を開く。誰かに、いや、爆豪くんに聞いて欲しかったから。
「インターン先でね、めちゃくちゃ激励されちゃったよ。ミスもしちゃったし、その分取り戻さなきゃって2日延ばしてもらった。みんな優しくて…。それでね、私もっと頑張りたいし、ちゃんと将来のこと決めなきゃダメだなって思ったよ」
「三年の今になってかよ」
「うん、ほんと、今更なんだけど。…でも、それはきっと爆豪くんが居てくれたからかな」
「あ?」
赤い目がやっとこちらを見てくれた。何言ってんだこいつ、って顔。
私だって何言ってんだって思ってるよ。でも、今だから、今しか言えないよこんなこと。
「爆豪くんはさ、私が爆豪くんに勝ちたいとか、めちゃくちゃ生意気なこと言って突っかかっていったの、馬鹿にしなかったでしょ。ちゃんとぶちのめして、何度も受け止めてくれて。私、だから、ちゃんとヒーローになろうって思えたんだよ」
だから、私から逃げようとしてごめん。そんな気持ちをのせて伝えたかった。
爆豪くんの眉間の皺が気持ち薄くなって、面倒臭そうにため息をつかれて。いつもどういう気持ちで約束を受けてくれているのかは未だに分からないけれど、私はそれに感謝しているんだ。
「…あン時のテメェはほんとにザコだったわ」
「だよね。…でも、ちゃんと強くなれたよ。ありがとね」
「礼なんかいらねんだよ」
「じゃあ、北海道のお土産いる?」
「いらんわ!馬鹿にしとんのか!」
ぐわっと目を吊り上げて、轟々といつも通りに怒鳴られて、やっと落ち着いた気がする。ずっと後ろ向きだった気持ちがニュートラルに戻ったような感じ。
いや、爆豪くんがいつも通りの対応をしてくれている分、嬉しくなっていた。こんな怒鳴られて嬉しいなんて言ったら、また何言ってんだこいつと思われるから言わないけれど、本当に嬉しいんだ。
私の心を落とすのも、上げるのも、全部爆豪くんだけだ。だから、勝手に落ちないようにちゃんと向き合っていたい。
「卒業したら爆豪くんに挑めなくなっちゃうなぁ~」
「あと一年あんだろが。きっちりぶちのめしたるから覚悟しとけや」
「分かんないでしょ、奇跡が起きて私が勝っちゃうかも?」
「寝言は寝てほざけ!」
「あいたっ」
後頭部を叩かれて前につんのめる。それはインターン前に受けた暴力とは違う、ちゃんと手加減のある手だった。