爆豪くんとの同居生活は驚くほど何事もなく過ごせている。正直、小姑のような小言を死ぬほど予想していたのに。
「爆豪くん。洗剤のストックってどこ?」
「棚の一番下」
「もう、棚ってどれのこと……あ、これか。ありがと」
「買い足しとくから欲しいモン書き出しとけ」
「はいはい。薬局行くなら私行こうか?駅前にあったよね」
「いい。俺も用事あんだよ」
「そう?じゃあよろしく」
私の家から持ち込まれたホワイトボードは、今や冷蔵庫の表面で買い物メモもいう重要な役割を果たしている。二度手間になったりしないように情報共有しよう、という提案は1つ返事で了承された。買い物に行くのがどちかは決まっていないが、爆豪くんの方もわりと進んで行ってくれるのでありがたい。言われた通りに洗剤の名を書き込んで、また冷蔵庫へホワイトボードを戻した。
今日は二人揃って休日。私は広々としたベッドでいい感じの夢を見ていたのだけれど、朝も早い時間に目覚まし代わりの爆豪くんに叩き起こされたのだ。まだ日も出てないうちにゴミ出しがてら日課のランニングに付き合い、必死に追いついて帰ってきた。ぐったりしているうちに朝食はテーブルに並べられていて、私はただ座って食べるだけという有様。朝方の爆豪くんはわりと機嫌が良いと知ったのは最近のことだ。
台所を片付け終えてリビングに移動した私は、爆豪くんが何か言いたげに視線を向けてくるのに気がついた。はて、何だろう。
「…こないだの」
「うん?」
「借り、返す」
「えっ、なんのこと?」
私が爆豪くんに借りを作ることは山ほど覚えがあるけれど、爆豪くんが私に返すような借りがあっただろうか。ぱっと思いつかない辺り、日頃どれだけ彼の世話になっているのかを思い知らされる。
ここへ引っ越して来た時のこともそうだ。風邪から翌日見事に復活を遂げた爆豪くんは、私の家のものをせっせとダンボールに詰めてここへ運んでくれたのだ。おかげで引越し屋を雇う必要もなかった。プライベート空間に業者を呼ぶのなんざ死んでも御免だと言っていたけれど、本当かどうかは分からない。
ちなみに長年愛用してきたパイプベッドは粛々と廃棄され、今は爆豪くんと同じあの広いベッドで寝ている。初めてそこに寝転んだ時はスプリングの感触に感動してすぐに寝入り、翌日までぐっすり快眠してしまった。枕を変えても寝られるどころではない。あのベッドなしでは生きられなくなりそうで怖い。
話は逸れたが、このようにお世話になりっぱなしである故に、私が何かしたとすれば。
「もしかして風邪ひいた時のこと?」
「そう言っとんだろ」
「いや言ってないけど…。別にいいよ。むしろ私の方が借り多い気がするし」
「いいから、欲しいモン言え」
「えぇ…」
返す借りの選択を強要されるとは思わなかった。今でないとダメなの?と聞くと休みだから今日でいいだろとのこと。確かに、二人揃って休みなんて事これから何度あるか分からないしなぁ。でも咄嗟に何が欲しいと言われてもイマイチ思いつかない。
爆豪くんは私の答えをじっと待っている。いや、待ってね。今思いつくから。欲しいもの、欲しいもの。
もう一度彼の顔を見て、ふと思い出すものがあった。雄英の時に嬉しかったあれだ。
「なんでもいいの?」
「俺がどうこう出来んのならな」
「じゃあ、爆豪くんの作ってくれたプリン食べたい」
「あ?」
「プリン」
繰り返すと、彼は眉間の皺を濃くして怪訝な顔になった。まるで信じられないという反応だ。失礼な。
私にとって爆豪くんの手作りプリンは、過去落ち込んでいた私の前に現れた特別なものだ。どういう理由で作ってくれたのかはもはや関係ない。あのプリンが私を救ってくれたという燦然と輝く事実だけが全てだ。お目にかかれるならば、今度こそ写真を残したい。
「ンなモンでいいんかよ」
「作ってくれるの!?やった!嬉しい!ありがとう!」
まさかこんなところで夢が叶うなんて。思わず手を叩いて喜んでいると、また爆豪くんは呆れた顔で「ンなモンで」と呟いていた。私にとってはそんなもんじゃないんだよ。幻かと思われたあのプリンが甦るんだから。
そのまま感極まって抱きつきかけた私の横を素通りし、爆豪くんは寝室に入っていってしまった。あれ、今作ってくれる流れじゃなかった?いやまだ作るとまでは言われてないな。もしかして機嫌を損ねてしまった?爆豪くん検定は未だに難しすぎて正解が見出せない。
仕方なくテレビでも見ていようかとソファでくつろいでいると、程なくして彼はいつものお出掛けスタイルになって寝室から出てきた。
「あれ、出かけるの?」
「バニラエッセンスなんて常備しとらんわ。薬局ついでに買ってくる」
ボディバッグを肩にかけると、彼はすたすたとリビングを出ていった。じゃあ私も一緒に、とテレビを消してソファを立ちかけた時には、もう玄関のドアが開いて閉じる音。あれ、一人で行っちゃうの?私も一緒に行きたかったのに。
「一緒に出掛けるという選択肢はなかったんですかね…」
私しかいない部屋に、私の呟きが虚しく木霊した。
一人寂しく家に残され、正直に言えば少しだけ不貞腐れていた私の機嫌は、爆豪くんがプリンを作ってくれたという事実で爆上がりした。チョロいと言われても痛くも痒くもございません。
というか本当に、切実に誰かに聞いて欲しい。30分も経たずに帰ってきた爆豪くんは真っ直ぐキッチンに向かい、迷いのない手際でプリンを仕上げ、あとは冷ますだけだとソファに寝転んでいた私に告げてきた。実はキッチンに立っている姿をずっと盗み見ていたことは知られている気がしてならないが、何も言ってこないので今回も許されたのだろう。あー、夕飯の後には食べられるんだろうか。うう、待ち遠しい!
「次は」
「うん?」
「プリンの次。何かねぇんか」
「えっえっ」
少しだけ甘ったるい匂いに包まれた爆豪くんが隣に座り、テレビの画面を睨みながら次の要求をしてきた。私はそれを聞いてぽかんとするばかりである。なんだろう、今日はやけに強引に甘やかしてくるな。
「何かあんだろ。食い気以外」
「うっ、パスタを封じられた…」
「マジで食いモンだけかよ。ンなもん住んでりゃそのうち食うことになんだろが。次!」
「そっか。う〜ん、他にか…」
探すようにふとテレビに目を向ける。丁度CMに入ったところで、昨日から上映されている映画の映像が流れた。よくある、学生の男女が色々体験して近づいていくという話。映画なんて中学以来ほとんど行ったことないな。爆豪くんはどうなんだろ。
「えっと、じゃあ映画…とか?」
「じゃあ午後出掛けんぞ」
隣に居た彼が立ち上がって、ソファが少しだけ浮いた。ぽかんと間抜けに口を開けた私だけが残される。肯定されたことに驚いた。てっきり、つまんねぇと却下されると思っていたのに。
もしかして爆豪くん、映画好きだったりする?そんなわけないよな。この家で見たことある映像媒体なんてオールマイト関係のが少しあっただけだったし、テレビ台の近くにも再生機器はない。本当に私が提案したという事実だけで彼は映画に行くと言っているのか。
あぁ、どうしよう。さっきのCMでやってた映画のタイトルも見てなかった。適当に言ってしまったことを、今になってじわじわと後悔していた。
外では相変わらず爆豪くんが前を行き、私がそれに着いて行く。人避けになるから私としては有難くもあるが、それにしたって歩くのはやっぱり早い。段々と離されてしまいそうになって、一生懸命小走りに追いついた。
駅を二つほど通り越して、大通りに出る。休日のメインストリートは賑やかだ。どこからも楽しそうな声がする。前を行く爆豪くんも、そして私も話したりしないから、なんだか別の世界に来ているみたいだ。
彼の背中は一度も振り向かない。
もし、私が今歩みを止めたとして。爆豪くんは気づいてくれるだろうか。
少しだけ。そう、ほんの少しだけ魔が差した。今日は人通りの多い場所を歩いていたから、なんとなく疲れてしまったのもある。無理にオシャレをしようとして、慣れない靴を引っ張り出したのも悪かったかもしれない。
そんなほんの少しの気分の迷いが、私の足を止めた。人の多い往来だったから、後ろから来ていた人が私の背にぶつかり、小走りに追い抜いていく。私はその人の向こうに見える背中をずっと見ていた。
爆豪くんは止まらない。先の横断歩道を渡り、更に向こうへ行ってしまう。人の隙間に少しだけ見えていた彼の黒のキャップも、そのうち見えなくなってしまった。ただの一度も振り向かずに。そのことに、あぁやっぱりと思う自分がいた。
一体何を期待していたんだ私は。爆豪くんがそういう人じゃないって、誰よりも知っている癖に。バッグのストラップを掴んで少しだけ俯きかけたけれど、直ぐにまた追わなくてはと顔を上げた。のだが。
「…そういえばどこに行くか聞いてない」
そうだよ。映画に行くとは言ったけれど、どこの劇場だとか、どのタイトルだとか、そういう話を一切していなかった。全部爆豪くんに任せていたから、私は着いていってたんだ。ああ、私のバカ!
怒られるのを承知で電話しよう。歩道の脇の柵に座って、スマホを取り出す。ロック画面には何の通知もない。まだ向こうも気付いてないんだろうか。これは爆ギレされる…!慌ててロック解除しかけたところで、傍から男の声がした。
「あの〜、すんません。駅ってどっちスか」
顔を上げると、若い男性が私を見ていた。大学生だろうか。ラフな格好で、ポケットに手を突っ込んだまま、彼がもう一度私に駅を尋ねてきた。慌ててスマホをしまって立ち上がる。
「駅ですね。えっと、この道を真っ直ぐ進んで…」
「俺、この辺よく分からないんで着いてきてくれません?」
私が教えるより先に、重ねるように提案してくる。人好きのしそうな顔だけど、ちょっと強引だな。
ヒーローでも非番はあるし、付き合う義理もないが、だからといって人助けをしないわけにもいかないのがヒーローという職業だ。この数年染み付いた精神は、助ける方にしか傾かない。
「いいですよ。すぐそこなので」
「あざっス。じゃ、はぐれないように手繋ぎましょ」
「え」
手、と彼は言ったが、咄嗟に掴まれたのは手首だった。何だか嫌な予感がして振り解こうとしたが、『事務所を始めるにあたって面倒ごとを起こすな』という爆豪くんの忠告を思い出した。もし、この人が本当に困っているのにここで断ってしまったら。そして、私が爆豪くんの事務所のヒーローだと知られてしまったらどうなるのか。
その一瞬の思案の間に強引に手を引かれ、吸い込まれるように往来の少ない横道に入られてしまった。さっき指示した方の道ではない。何とか足を踏ん張って、奥に引き込まれないように注意しながら声を上げた。
「あの、道あっちです」
「いいじゃん、ちょっと寄り道しながらでも」
「すみません。人を待たせているので寄り道は、」
私が抵抗し始めたのに気付いたのか、拘束する力が強まっていく。専ら遠距離サポート中心の私は近接が苦手だし、日陰に入ってから笑っている男の顔が少し怖い。やばい、何とかしなくては。
男の手を振り解こうと腕に力を込めたところで、男の視線が私の後ろに注がれていることに気がついた。一体、何が。
「この女に何か用かよ」
背中にかけられた聞き慣れた声。いつの間にか背後に居た爆豪くんは、逆光の中でその赤い目を鈍く光らせていた。私が小さく彼の名を呼んでも、こちらには視線を寄こさずに真っ直ぐに男の方を睨みつけている。
第三者の登場に一瞬怯んだ男は、繕ったような笑みで口を開く。まだ手は離してくれない。
「やぁ、道案内してもらってたんです。駅まで」
「なら大通りを東に進んだ先の信号、右折。…ハ、用は済んだな」
それだけかよ。低く唸る爆豪くんの口調に怒気が混じっていることに男は気付いたようだったが、それでも食い下がらない。舌打ちをした爆豪くんが、トドメとばかりに手のひらでパチっと火花を散らした。さすがにヤバイと悟ったのか、男は私の手を解き逃げるように去っていった。謝罪など一言もない。やっぱり嘘だったんだ。
掴まれていたところがジンジンと痺れていた。止まっていた血流が流れて、指先に感覚が戻ってくる。
そして隣にいた彼の、長く深いため息。あぁ、そうだ。私、はぐれてしまってたんだっけ。さっきまで火花を散らしていた手に肩を掴まれ、向かい合うように身体の向きを変えられた。
「おい、ブス。いなくなったと思ったらこんなとこで…」
俯き加減の顔を覗き込んでくる赤い目と目が合った瞬間、さっきまで先に行ってしまったこととか、迷惑をかけてしまったこと、色々なものがぐちゃぐちゃになって熱い雫になってぼろぼろと零れ落ちた。視界の中の爆豪くんが淡くふやけ、歪んでよく見えない。
「ごめ、ばくごうくん、わたし、」
「…何かされたんか」
低く、けれど落ち着いた声だった。私は必死に否定するために首を振る。言いたいことが全部喉でつっかえて出てこない。違う、何かされたとか、怖かったわけじゃない。私のふとした迷いのせいで、爆豪くんの手を煩わせるようなことをしてしまった。それを謝りたい。探しに来てくれてありがとうと言いたいのに。
溢れた嗚咽は止まらない。涙を拭う両手が濡れて拭いきれなくなってきた時、頭に何かが押し付けられた。
「帰んぞ」
「だって、映画、」
「いい。どうせそんな見たかねぇんだろ」
私の視界を遮るそれが爆豪くんの黒のキャップのつばだと気付いた時には、手を掴まれて歩き出していた。温かくて大きな手がぐちゃぐちゃになった心をいくらか落ち着かせてくれる。
いとも容易く核心を突かれて、情けなくてまた涙が溢れた。映画、興味ないって知ってたんだ。知っててなお付き合ってくれようとしていた。そんな彼を裏切るようなことをしてしまったんだ。
掴まれた手をぎゅうと握り返す。まだ言葉は出てこない。けれど何とかして謝りたいと、彼の手を握った。握り返してくれたのは返事だと思っていいんだろうか。視界が良くない今は、この手だけが私の頼りだった。
家に着くと玄関で座れと命ぜられ、言われるがままに腰を下ろした。爆豪くんもその隣にどかっと座った。そうやって並んだまま。
私は涙もいくらか収まって、謝るタイミングを探していた。いや、でも。何から謝ればいいんだろう。重い頭をもたげたまま、隣にいる彼の方を見ることも出来なかった。重い口はかろうじて三文字だけを紡いだ。
「…ごめん」
「そりゃ何に対する『ごめん』だよ。…てめぇのことで理解出来ねぇことはクソ程あっけどよ。とりあえず吐け。何もかんも。言わなきゃ分かんねぇ」
憤りを隠さない、それでいてちゃんと私に向かって告げられた声。その声に引き寄せられるように、爆豪くんの肩に寄りかかった。
触れたところから熱が伝わる。安心する。しばらくそのまま動かずにいた。彼も動かずにじっとしていた。私が言うのを待っていてくれるのだと気がついた。
時間が経つにつれて、心の整理ができてくる。けれど、この温かさを手放すのも惜しい。そう思って頭を擦り寄せると、さすがに焦れた声が降ってきた。
「おい、言えって、」
「…ごめん。映画とか、ほんとは全然興味なかった」
「…だと思ったわ」
ゆっくりと、私の心を確かめる。心の中でごちゃごちゃになっていたものが、ほどけていく。
「プリンもね…ううん、嬉しかったのも美味しかったのも本当なんだけど…それはただの口実で、爆豪くんがしてくれるなら何だって良かったんだよ。
だから、映画、爆豪くんとなら楽しいんじゃないかと思ったのは本当。出掛けるときは嬉しかったのに、爆豪くん、歩いてるとき振り向いてくれないから。私が離れたらどうするんだろうなって…。気がついたら足が止まってた。爆豪くんがどんどん先に行っちゃっても、全然動けなくて。勝手に、気付いて欲しいなんて甘えたこと思ってた。
…だから、ごめん」
私の拙い告白を黙って聴いていた爆豪くんは、その大きな手を私の頭に乗せた。髪を混ぜるように動く手は少しだけ乱暴で、でもとても優しい。
「ンなクソみてぇな腐り方する前に言えや」
「…うん」
「俺の後ろに居るモンだと思ってたのによ。気付いたら居ねぇし。知らねぇモブに攫われかけてんじゃねぇ」
「事務所にさ、迷惑かけるんじゃないかって。ちょっとだけ思ったら断れなかったんだよ」
「ハァ?ンなことでどうこうなるわけねぇだろ。頭回せや」
「うん……そうだね」
分かってたよ、爆豪くんならきっとそう言ってくれるって。これはサイドキックというプレッシャーに負けた私の落ち度だ。信じなきゃいけなかったのは私の方だったんだ。
寄りかかったままぼうっと玄関のタイルを見つめていると、爆豪くんの「おい、」と言う声が静寂を震わせた。
「…本当に何もされてねぇんだな」
そこでやっと、顔を上げて爆豪くんを見た。いつもより深く眉間の皺を刻んだ、何かを堪えているような顔だった。あぁ、不安にさせてしまっていたのだと、その時ようやく気がついた。ちゃんと私を探して、見つけてくれた爆豪くんから真っ直ぐに向けられる目。この目には嘘はつけない。
「うん、腕掴まれただけ」
「ならいい」
もう一度、今度は容赦なく乱暴に頭をかき混ぜて、それから靴を脱いでさっさとリビングへと行ってしまった。取り残された私は、隣にあった熱の余韻を抱えるように蹲っていたけれど、リビングからの呼ぶ声に引き寄せられるように靴を脱いだ。
「へへ…おいしい〜しあわせ…」
「クソ単純」
「単純でいいです。はぁ〜…毎日食べたいくらい…」
「冷蔵庫にまだある。俺は食わねぇからてめぇで処分しろよ」
「ほんとに?えへへ…」
さっきまでべそべそしていた私は、プリン一つで即回復した。それはもう、爆豪くんが呆れるほどに。
リビングで私を呼んだ彼は、テーブルにプリンを用意してくれていた。過去に見たのと全く同じ完璧なプリンに出迎えられ、私はすぐさま飛びついた。幸せだと鳴くように何度も呟くのを、向かいに座った爆豪くんはたまに適当な相槌をうって聞いている。そんなさりげないことが、心をいっぱいにしてくれるのだ。
「爆豪くん。さっきのプリン、SNSにあげていい?」
「勝手にしろ」
「ありがと。えっと…世界で一番美味しいプリン作ってもらいました、と」
写真とともに投稿すると、フォロワーからのいいねの通知がポコポコと届いた。えへへ、いいだろういいだろう。私だけのプリンだから美味しさが伝えられないのがもどかしいが、誰かに食べて欲しいわけではないのはジレンマだなぁ。私だけのプリン、素敵な響きだ。
幸せだから頬は緩みっ放しだし、幸せだと言いすぎて目の前の爆豪くんは若干引いている。頬杖をついて「キメェ」と正直な感想を吐いてきた。
「そういえば今日さ、なんかあったの?やけにこう…色々してくれるし…」
「…借りだろ」
「ほんとに?」
「しつけぇ。何なんだよ」
「いや、それだけじゃないような気がするんだよね。ね、言ってよ。『言わなきゃ分かんない』んでしょ」
爆豪くんから私に何かを送るとか、するとか、そういうことで一々宣言を受けたことは今まで一度もなかったから。いつもさりげなく送ってくれたり、雑誌をくれたり、そういう時に彼はまず実行するので宣言は大体後出しだ。言わないことの方が多いけれど。
むっすりと黙りこくっていた爆豪くんは、私が答えを聞くまで動かなさそうだと感じたらしく、わしわしと頭を掻きながらぽつりと呟いた。曰く『私が何が好みがわからないから遠回しに聞いていた』ということらしい。
「大体、てめぇも何だよ、プリンて。もっとあんだろ。…ネックレスとかピアスとかよ」
「え、なにそのネックレスとか。どこから出てきたの」
「…ジジイがババアの機嫌取る時にやっとった」
「あぁ…なるほど」
「てめぇは、好きじゃねぇんかよ」
「うん。私はあんまり惹かれないかなぁ」
落としちゃったらと思うと、高いもの身につけるの怖いし。それなら一瞬でも心まで待たせる甘味の方がありがたいのだ。そう正直に伝えると、彼はまた何が不満気にむすっとしている。なんで?
「…指輪もいらねぇとか言うなよ」
「指輪…」
「てめぇ、」
「い、いる!要ります!……け、け、結婚、指輪ってこと…だよね…?」
「…それ以外ねぇだろ」
震えてか細くなった私の問いに、爆豪くんはしっかり答えてくれた。結婚、するんだ。なんだか遥か向こうの未来が一気に押し寄せてきて、私の中ではまだあまりイメージは湧かない。けれど、彼がするというのならそれはもう決定事項だし、私もそれを拒むことなどあり得ない。
テーブルの上の何もない、まっさらな指をなぞった。指輪、か。
「婚約の方は、なしで、」
「一つで十分だろが」
「宝石とか控えめなシンプルなやつで、」
「耐爆性のあるやつな」
「うん、うんうん!」
私が力強く何度も頷けば、爆豪くんは必死かよと笑った。途端に乗り気になった私も私だけど。アクセサリーに興味は無いが、指輪なら別だ。
「一緒に見に行こうね。抜け駆けナシだよ。…勝手に買ってきても私受け取らないからね」
「うっせ、わーっとるわ」
「あとさ、」
何だよ、と爆豪くんが言う。気怠げだけれど、私の言葉を待ってくれている。今は私も彼も若干…いやかなり浮かれているから、何でも許される気がしたのだ。
「プリン、もう一個食べていい?」
「は?」
「だって一個じゃ足りない…」
「クッッソ!食い意地だけ張りやがって!夕飯後にしろや!」
冷蔵庫に行きかけた私の襟元を引っ掴んで、爆豪くんが吠える。おやつの時間なのに、との抗議も受け入れてもらえなかった。
言われた通りに夕飯後に有難きプリンを頂き、また幸せだと連呼しているところをソファでテレビを見ていた彼に「心底キメェな」と称された。プリンが美味しいからだよと伝えると、そうかよと短く返ってくる。こちらを向いてはいないけれど、その耳が少しだけ赤くなっていることを私は見逃さなかった。