「恋人」の構文は難解

 4 |アメリカ一日目の夜

「…どう?」
「まぁまぁなんじゃねぇの」
「そっか、良かった」
一応の及第点を頂けたのでホッとする。マーケットから帰ってきて、早速腕まくりをして夕飯の支度に取り掛かった。キッチンの勝手が分からないから結局爆豪くんの手を借りながらになってしまったが、この反応から見るに悪くはないようだ。辛いものをメインにサラダと煮物。特別に豪華ではないけれど、爆豪くんが好きそうなものは飲み友(?)だった時にリサーチ済みだったので助かったところはある。黙々と皿を空にしていってくれるので、ご飯の進みも早かった。
「飯、追加」
「はいはい」
米粒ひとつ無くなった茶碗を受け取って、また同じだけよそって返した。職業柄ではあるが、景気良く食べてくれるのは純粋に嬉しい。こうやってテーブルを挟んで、夕飯を食べるのが一人だけでないことも。私もいそいそと箸を動かし、卓上の皿は全て綺麗になった。
「私、片付けしとくよ。先にお風呂してきたら?」
お皿をまとめ始めていたから、自分でやろうと思っていたんだろう。不満げに目を細められた。自らやらないと気が済まない性格なのは知っているから、「誕生日だしね」と特別な日であることを伝えた。ちょっとだけ躊躇しながらも渋々私がやることを許容したようで、シンクの横に皿を積んでいった。それから私への指示も。
「台拭きは青いやつ、食器拭くのは白いやつ。間違えんなよ」
「了解しました」
二つのふきんを指して言う。やはり自分なりのこだわりがあるようで、それを漏らさず聞き入れる。お皿を洗い始めると爆豪くんはバスルームへと入っていった。暫くするとドア越しに水音が聞こえてくる。私も片付けに取り掛かった。
男の一人暮らしだというのに何から何までキチンとしていて、行動は粗暴なのにみみっちいと言われる所以はこの辺りにある。しかし見方を変えてみれば出来すぎた彼氏だ。私の手など全然必要としてないみたいに。
少しずつ爆豪くんから渡してもらうのを待つよりは、こうやってやれることを奪っていって、私が自分で肯定できるところを増やさなければいけない気がした。…将来のためにも。




食器を洗い終わり棚へ片付けていると、バスルームのドアが開いた。頭からバスタオルを被った爆豪くんが髪をわしわしと拭きながらキッチンにいる私に目を向ける。
「おい」
「なに?」
「シャワー、使い方分かんねぇだろ」
ああ、確かにここの勝手は分からないな。再び引っ込んだ爆豪くんを追ってバスルームへと入る。広い一室に洗面とバスタブ、それからトイレ。水回りなのに床にふかふかしたカーペットが敷いてあって不思議な感じだ。
「バスタブに湯は張れねぇ。シャワーだけ使え。ここのノブ回せば出る。内側はちゃんとカーテン閉めとけ」
「あぁ、なるほど。そういえば日本じゃなかった…」
「ア?ボケんのが早ぇぞ」
「うわいたた!ごめんて!」
利き手で乱暴に頭を掻き回されて、堪らず悲鳴をあげた。背の差がついたからか、爆豪くんは私の頭を執拗に攻めてくるようになった。手が大きいから掴みやすいのかもしれない。
このように相変わらず容赦はないけれど、付き合い方が変わったからかだいぶ触れ方にも変化があって、バスルームの説明をしてくれたのもその一つだと思っていた。だから素直にお礼をしようと思ったのだ。
「ありがとう、爆豪く…」
ん。振り向こうとした身体は一ミリたりとも動かなかった。正しくは真後ろにいた爆豪くんにガッチリと抱き竦められていたのだ。言葉もなく突然に。何だろう、一体どうしたんだ。
彼の意図が分からず、名前を呼んで少しだけ身じろぎする。返事の代わりに耳の後ろに熱い吐息が掛かって、思わず硬直した。低い声が響く。
「なぁ」
「なに…?」
「野郎の家に転がり込んで来たってことは、分かってんだろうな」
「…う、え?」
「何されてもいいっつんなら、後で寝室来い。そうじゃねぇならリビングのソファで寝ろ。…ブランケットくらいは貸してやる」
耳元でそう囁きながら、腕の拘束が一層強くなる。私はといえば、言葉の意味は理解できたが、それ以前に頭の中で処理が追いつかずにクラクラしていた。
ああどうしよう、顔が熱い。顔どころか耳も首筋までも熱く感じた。肌が触れている部分も余計に意識してしまう。
言葉の意味合いはわかる。付き合って、キスまでして、そういう関係なんだから当たり前で、でも心の準備が出来てない。爆豪くんもそんな私に配慮して逃げ道を事前に宣言してくれているんだろう。
「おい、聞いてんのかよ…」
「き、聞いてる…」
痺れを切らして苛立った声に必死で返事をした。か細い悲鳴のような返事を彼がどう受け取ったかはわからないけれど、もう一度だけぎゅうと私を抱え込んでから爆豪くんは私から離れていった。背後でバスルームの扉が閉まる。ガチガチになっていた身体が一転、力を失って軟体生物のように床にへたり込んだ。
どうしよう。嬉しい、よりは困惑の方が遥かに強かった。少し潔癖のきらいのある彼は、触れ合うということについてそれほど積極的ではない。というよりベタベタされるのを嫌う。ハリネズミかと見紛う繊細さに、私の方も触れる時は一言声をかけたりしていた。性的な部分も、それほど欲があるとは思っていなかった。のに。
「……嘘だぁ…」
その爆豪くんの情欲が私に向いているという事実が、何よりも衝撃だった。




シャワーから戻り、リビングは無人だった。ソファにはしっかりとブランケットとクッションが置かれていたけれど、それには手をつけずに寝室の扉の前に立つ。ドアノックのために伸びかけた手は震えている。
この扉を開けることは、爆豪くんの優しさを裏切ることになるのか、それとも彼の望みを叶えることになるのか。できるならば、爆豪くんのしたいようにさせてあげたい。そして何より、ここまで来て二人で別の部屋で寝ることになるのが嫌だった。それを思えば震えは自然と消えていた。
恐る恐るドアをノックすると、やや遅れてから「入れ」との返事が返ってくる。承認を得て扉を開いた。
「お邪魔します…」
ベッドの上で本を読んでいた爆豪くんは、私の方を見て身を起こす。ひとつため息、それから少しだけ頭をガシガシ掻いて、目を合わせずに言った。
「来ねぇんかと思ったのによ」
「そりゃ、まぁ、びっくりはしたけど…」
「意味分かってんだろうな」
「わ、分かってる」
「来い」という声に、足は勝手に引き寄せられた。入り口からゆっくり近付いてベッドの端にそっと腰を下ろすと、大きな手に捕まった。その手が強引に身体を引き寄せて、あっけなく押し倒される。その上に被さってくるのは大きな獣。覗き込んでくる赤い目がいつもより熱っぽくて、強いアルコールのように私の心を酔わせる。胸がいっぱいになって、服の裾を強く掴んだ。緊張もあった。
「合意だ」
「うん」
「最後までは…しねぇ」
「うん」
一つ一つ確認しながら、頬や首筋に触れてくる。あたたかくてくすぐったい、焦れったい、とても強くて優しい手。
それから降りてきた唇が触れる感触。下唇を吸い、上唇を舐め、合わせをなぞって名残惜しそうに離れていく。それを何度か繰り返して、彼が言う。
「くち、あけろ」
その声が鼓膜を震わせて、私は素直に従ってしまう。薄く開けた隙間に爆豪くんの舌が差し込まれてきた。舌先が触れて思わず逃げようとしたのに、逆に絡め取られてしまった。貪るように右へ、左へと角度を変えて、どんどん深くまで交わって。絡まった舌は容易に翻弄されていく。だめだ、もう良く分からない。
「ん、あ、」
変な声。自分のじゃないみたい。熱い吐息と混ざって空気に溶けていく。隙間もなくぴったりと合わさって、混ざって、その合間にやっと息継ぎをして。どのくらいそうして混ざるように合わさっていたのか分からないけれど、ようやく口が離れた頃にはもう息も絶え絶えで、再び交わりそうな唇を必死に押し留めた。
「あ、のさ」
「…ンだよ」
「ちょっと、落ち着くまで…まっ…」
「ハ、貧弱」
そう罵りながらも、ちゃんと私が落ち着くまで待っていてくれる。「もういいよ」の声を待っていたように、今度は耳に、頬に、顎にとなぞるようにキスをされた。それから首筋に跡が付くくらい強く吸い付かれたり、服の裾から脇腹に触ってきたり。何度か煩わしそうに服を捲っているのを見て、制止して身を起こした。
「…待って。服、脱ぐね」
着ていた上着とズボンをベッドの脇に置く。爆豪くんも気がついたように同じく下着だけになって、改めて向き合った。服を着ている時とは全く違う光景に、着痩せ詐欺ではと思う。服のどこにその立派な身体が収まっていたというのか。彼の努力の賜物であるということは重々承知しながらも、それに対する自分の身体を見て、少しだけ恥というか、見劣りというか。とかく豊満でもない胸を見て悲しくなるのは仕方がないと思う。
「…ブラも外した方がいい…?」
「…好きにしろ」
上下ちぐはぐの下着を持ってきてしまったことに後悔しながら、背中に手を回す。見せることなんて考えもしなかったんだからしょうがない。こんなことになるって分かってたら、私だってフロントホックのやつ買ってきたのに。緊張のせいで手が震えてうまくホックが外れない。うう、恥ずかしいな。私が要領悪くもたもたともがいていると、爆豪くんが手を伸ばしてきた。
「何やっとんだ、貸せ」
「わ」
呆れた声とともに正面から抱きつくように手を回された。爆豪くんの手が私の背中を探る間、色白の分厚い胸板が目の前に迫る。視界いっぱいにフェロモンの暴力に晒されて、まだ何も始まっていないというのに、どうにかなってしまいそう。うわ、うわ、うわ…!
そんな感じで私が大変混乱しているうちに、手際のいい手はホックに届いていた。ぱちんと音がして勢いよくブラが外れたが重量に従って落ちる下着を気にする余裕はない。そしてそんな風に余裕がないのは私だけじゃなかった。ドキドキと聞こえてくる心音。上から降ってきた少しだけ固い声がそれを裏付けている。
「…外れたぞ」
「あ、ありがと」
お礼とともに見上げれば、また目が合って自然と唇に吸いつかれる。何か振り切るような触れ合い。初めて肌を合わせることに緊張してるのは私だけじゃなかった。どちらの緊張も恥ずかしさも誤魔化すには、キスは丁度いい気がした。




ぼそっと「やらけぇ」と呟かれたのを耳聡く拾ってしまった。爆豪くんの手がぺたぺたと私の身体を触っている。胸も、手も、お腹も、脚も、変に神妙な顔で慎重に触れてくるものだから、緊張感より可笑しさが勝った。
「もっとちゃんと触っても大丈夫だよ」
「…るせぇ、命令すんな」
「だって、も、くすぐったくて、ふふ、」
「ンだよ」
「あは、む、むり…!」
とうとうくすぐったさに耐えきれなくて笑い出してしまった。多分彼なりに優しくしようと思ってくれているのだろうが、なにぶん触れ方がソフトすぎて羽箒でくすぐられているのと替わりない。不本意だと言わんばかりに頬を抓られたけれど、少しだけ赤くなった頬が照れを助長させて、つり上がった目もちっとも怖くない。
「笑ってんじゃねぇブス!」
「あは、ごめんごめん」
「………クッソ腹立つ」
「あは、は、…んひゃっ」
さっきまで優しく触れていた器用な指が胸を弄って、乳首をきゅうと押しつぶす。いきなりの明確な刺激につい声を上げてしまった。そんな反応した私に機嫌を良くしたのか、爆豪くんが少しだけ目を細めた。嫌な予感。
「へぇ」
「や、やだ、そこ、」
「やめねぇ」
優しくするのを放棄したのか、片方の乳首を抓るように刺激され、またもう一方には歯を立てて噛み付かれた。両方の刺激に身を震わせる私の姿はさぞ滑稽だっただろう。抵抗しかけた両手は器用に纏められて全く動けなくなってしまったから、目だけで抗議した。効果はなかったけれど。
「や、だ、」
「ひゃめねぇ」
「そこで喋らないで…!…っ」
胸を食みながら見上げてくるのは本当にやめてほしい。これが良いとか悪いとかじゃなくて、単純に爆豪くんが触れているという事実が私を確実に酔わせていた。じわじわと熱くて、よくわからないけど気持ち良いような、痺れるような感じ。言った通り全然やめてくれないし、それどころか私の反応を見て調子に乗っているようで、声を上げるたびに機嫌をよくしている。散々弄られてばかりの私は悔しいやら気持ちいいやらで、薄っすらと涙も出てくる。触られてるところがジンジンする。
「…下、触んぞ」
下?下ってどこ。ぼうっと麻痺した頭が答えを出す前に、爆豪くんの方が答えを示してきた。両脚の付け根にたどり着いた指が下着の上からその場所をなぞる。く、と押し込むような指使いに思わず腰を引いて、守るように脚を閉じかける。間に割って入った爆豪くんによって、それは阻止されてしまったけれど。
赤い目が顔を覗き込んできて、不安になっている私を見て静かに言葉を投げてくる。
「…入れねぇ」
「う、ん」
「触るだけだ」
入れないならなんで触るのよ、という疑問は真剣な眼差しにかき消される。赤い色をした情欲の目は、真っ直ぐに私を見ている。その熱に押されて少しだけ力を緩めた。 それにしても、この部屋に入る前にあれだけの忠告をしておいて、最後まではしないとさっきから何度も念押しされている。爆豪くんの中でも葛藤があるのだろうが、それは私からは見えないから随分勝手な言い分だと思う。私はもう全部明け渡すつもりでドアを叩いたのに。
「…私にも、」
「あ?」
「触らせてよ。……そのくらい、するよ」
「…ハ、誕生日だからかよ」
「っ、そんなわけないでしょ。…爆豪くんだからだよ」
分かってよ。懇願するように見上げた先、彼が息を飲む瞬間を見た。
「何されてもいいのは、私だけじゃないでしょ」
「あ゛!?」
「私にだって爆豪くんをどうこうする権利、あるよ」
「ねぇよ」
「ある」
「ねぇっつってんだろうが!」
些細な言い合いになれば熱くなって牙を剥く。悪い癖は完全には直らない。私が意図的に強く出たことに気付いたのか、小さく舌打ちされた。それから、自分を落ち着けるために長いため息も。
「は、人が我慢してりゃあ随分煽ってくれんじゃねえか、てめぇはよォ……最初っから思い通りにならねぇ女だわ」
「そういう女ですから。………あ、え?」
目の前のつり上がった眼を負けじと見返していたから、ひたりと太腿に当たる温かい熱に気付くのが遅れた。それが何なのか、爆豪くんの切実な表情を見て分かってしまう。下着に擦り付けるように動くその質量は、想定していたより遥かに硬くて大きい。私がそれに慄いている間に、我慢強い彼が紅潮させた頬を隠そうともせず熱い吐息を被せてきた。
「あ、わ…」
「ハァー…、ブス、ブス、マジでふざけんな…」
「な、なに…?何で貶されてるの私。………つ、辛いならひと思いにやっちゃってよ……お、お願いします…」
「ア゛ーーーッ!入れねぇっつっとんだろが!はよ股貸せや!クッソがァ!!」
「は、はい!」
その余りの切実さと爆発具合にこくこくと頷かずにはいられなかった。同意が得られてからの動きは迅速で、力任せに私を横抱きにしたと思えば、股の間に爆豪くんの熱い塊が遠慮なく突っ込まれる。太腿の間からこんにちはした亀頭にどんな表情をしていればいいのか。いや今はこんばんは?はじめまして?
その突っ込まれた勢いのまま、二度、三度と下着に沿うように擦られて、その何とも言えない感覚に今更のように逃げ腰になった。生物学上敏感なところを行き来され、たまに擦られて声を上げない方が無理だろう。
「やっ!待って…!」
「待つわけ、ねーだろ!黙ってろや、ブス!」
「あっ、ひゃっ!…やだ、そこ擦っちゃ、やだぁ…!」
がっちり掴まれた身体に勿論逃げ場はなく、ただ早くなる爆豪くんの律動と、ゾクゾクと襲ってくる快感に耐えるようにシーツを掴んだ。
顔が熱い、身体が熱い、覆い被さる爆豪くんも熱い。擦れる熱は生々しくどんどん硬度を増し、夢中で腰を振る彼の頬から汗が雫になって落ちてくる。その雫の一滴さえ、身体を火照らす媚薬のように感じた。
「ん、ん、んっ、」
「…はっ、オイ…こっち、向けや、」
「あっ、んんっ!」
顎を掴まれて、強引に口付けられる。爪が頬に浅く食い込むほど、乱暴で余裕のないキスに必死に応えた。息継ぎが上手くできなくて苦しくても、多少頬を引っかかれても構わないと思った。それは紛れもなく、爆豪くんの本能から来る私を求める行動だったから。
この人はその恵まれた才で何でも手にしてきて、それを当たり前だと思って。だから、手に入るか分からない未知のものに安易に手を出さない。告白をした時だってそう。あの夜、最後の最後まで彼は言わずに去るつもりだったんだろう。私が先に言い出したから、こうして関係が繋がっている。
爆豪勝己ともあろう男が何を恐れることがあるというんだ。それにこの男、私が怖がって逃げると思って確認と念押しを怠らない。そこがなんともみみっちくて、狡くて、臆病で、そしてとてつもなく優しい。要は私を傷つけまいとしてこのような行動をとるのだ。なんでも出来るくせに、不器用な人。それが私の大好きな爆豪くん。
私は従順な女ではないけれど、好きな人に好きなことを好きなだけさせてあげたい。だからあなたの思い通りにならない、馬鹿で生意気な女でも許してほしい。
「…は、考え事かよ」
「っ、あ、やっ、」
「脚、っ、力込めろ、抜けんだろうが、」
「わ、わかんないっ…、あっ、」
横抱きから上半身だけ上向けの姿勢にされて、正直苦しいし、太腿は擦れてヒリヒリする。余裕のない赤い目とまたかち合って、余裕のないキスをして。
私は初めてだし、きっと爆豪くんも初めてで、どうすればいいのかなんて分からない。けれど、確かに交わる熱があった。こんなお互いに途方もない出口に向かうような行為にも、やがて終わりはやってくる。
「はっ、っ、出す、ぞ、」
「えっ、や、…あっ、」
ぱちん。一際強く腰を打ち付けられて、爆豪くんの放った飛沫がお腹とシーツに飛び散った。温かくぬめった汁が下へと垂れて伝っていくのを肌で感じる。
それから脱力した身体が私に覆いかぶさってくる。重いと苦情を申し立てる余裕もなく、どちらのものかも分からない荒い息が混じって暫くは動けなかった。顔は見えなかったけれど、爆豪くんも私の上から退こうともせず、ただ満ち足りたような吐息を長く吐いていた。
数分経ってから、疲労感と余韻もそこそこに、硬さを失った陰茎が太腿の間から引き抜かれるのをぼうっとした頭で見送る。そこで天井を見上げて、ただ部屋が明るいなぁなんて当たり前のことを思った。




後始末として身体を清め、シーツと下着一式を変え、二人でベッドに倒れ込む。身体を拭いている時に私の太腿が赤くなっているのを目聡く見つけた爆豪くんは、険しい顔になって痛いかと聞いてきた。ヒリヒリすると正直に答えてしまって、デリケートな部分まで塗り薬を施されるところだったのを大丈夫だからと押し止めた。納得はしていないようだったけれど。
まっさらになったシーツを撫でるとさっきまでの行為を思い出してしまう。慌てて煩悩を頭の隅に追いやって隣を見た。
「…爆豪くん」
「…ンだ」
もうだいぶ夜も遅い時間。大きな身体をベッドに預けて爆豪くんが応えた。スッキリしたからか、今にも寝てしまいそうに瞼を閉じている。遠慮がちに、けれどしっかりと用件を伝えると、少しだけ目を開けてくれた。
「一個お願いがあるんだけど」
「…言えや」
「頭撫でてもいい?」
「は?」
「だめ?」
「……好きにしろ」
それきり枕に沈んでしまった頭にそっと伸ばした。指で柔らかな毛束を摘む。手のひらに当たるツンツンの先っぽはへにゃっと曲がって、離せばまたぴんと立つ。頭の形に沿って撫でると愛おしさが増した。肩に触れたりしたことはあったけれど、手で触れるのは初めてだ。
「くすぐってぇ」
「ずっと触ってみたかったんだ。見てるだけだと柔らかいのか硬いのか分かんなかったから」
「…ンだそりゃ」
「だってツンツンしてるし、キラキラしてるし、綺麗だなぁって。……爆豪くん、べたべた触られるの嫌いでしょ?」
沈黙は肯定。
好きにしろ、と言ったきり目を閉じてしまっている本人をよそに、私は初めての感触に夢中になった。
何もつけていない髪は一段と柔らかい。普段立ったままになっているところも、重力によって少しだけ垂れている。さわさわと側面を撫でていく。短くカットされているところはザリザリとした感触。これはまた新発見だ。
私の手に身を任せて暫くされたままになっていた爆豪くんだけれど、そのうちに薄っすらと目を開けて私の手を捕まえてきた。
「もう寝んぞ」
「うわ」
手元のリモコンで部屋の明かりが落とされ、視界が真っ暗になる。堪能していたザリザリの余韻は手を離れていった。名残惜しいけれど仕方がない。爆豪くんには明日も仕事があるんだし。
広いベッド、邪魔しないようにと少しだけずらした身体は横から伸びてきた長い腕に捕まって、そのまま抱え込まれた。抱き枕にするつもりなのか長い足も絡まってきて、いよいよ抜け出せなくなる。せめてヒーローの腕に負担をかけてはなるまいと、なるべく自重をかけない場所を探ろうとしていたのに、更に強い力で拘束されてまた動けなくなった。
「うぜぇな、モゾモゾ動いてんじゃねぇ」
「だって、爆豪くん、腕」
「てめぇ一人でどうこうなるようなヤワじゃねんだわ。…はよ寝ろ」
それきり、もう寝ましたと言わんばかりに沈黙してしまった。背中からきつく抱きしめられているから、振り向いて抗議もできない。これは私も諦めて寝てしまうしかないのだろう。どうにかなったって、爆豪くんの自業自得だ。そう思って瞼を閉じた。
静かな部屋、静かな夜。道行く車の音、遠くで誰かが話して笑っているような声がする。爆豪くんは今、こんな一軒屋みたいなところに一人で暮らしているんだ。
私だって一人暮らしだけれど、外に出れば気軽に会える友達がいて、そんな友達は時差もないから電話も気楽。一人で海外で頑張っている爆豪くんを憐れむのは少し違うかもしれないけれど、この広いベッドに一人は寂しい気がした。
きっと寂しくても言わないだろうし、指摘しても寂しくなんかねぇと突っ撥ねるんだろう。でも、私をこうして離さないのはある意味そういう訴えな気がした。
「他の奴には触られたかねぇが…てめぇなら………許す」
微睡む意識の片端で、少しだけ掠れたような声を聞いた。

(2020/8/29) <PREV▼ TOPNEXT >