いつものように唐突に家に襲撃してきた爆豪は、私が広げていた器や瓶をなぎ倒し、まっさらになった卓上にどかんと大振りの木の枝を叩きつけてきた。食器が床に落ち、砕け散る音が静かに響く。かわりに目の前に置かれた青々と茂った木には白い花が咲いていて、とても綺麗だ。…じゃなくて。
テーブルの脇に立つ竜族に向けて、半ば諦めながらも訴えた。努めて冷静に。
「爆豪。私、今ご飯食べてたんだけど」
「終わってたろうが」
「まだ食器を片付けてなかったよね?」
「トロくせ」
そしてこの暴言だ。彼の理不尽に幾度となく晒され、既に順応し始めていた私は、深いため息とともに割れた食器を片付けて始めた。わりとお気に入りだったんだけどな。このお皿。今度は割れない木皿を買おう。
ひとつ、ふたつと破片を拾い始めると、頭上から舌打ちが聞こえてくる。
「おい」
「何よ」
「そりゃこっちの台詞だ。何とか言えや」
「はぁ…」
何とか、とは何か。見上げた彼の視線の先、卓上に鎮座する新鮮な木枝。一体どこからもいできたんだろう。彼が要求しているのは、これについてのコメントだろうか。さて、何と答えたものか。私は植物には詳しくはない。だからこの花の名前もわからないし、この価値も分からない。爆豪が持ってくるようなものだから、その辺の広葉樹というわけでもあるまい。時間にして数十秒の間の後、私は一言口にした。
「白い花、綺麗だね」
「ふん」
私のコメントは彼の要求を満たしたらしい。満足気に鼻を鳴らして、私の向かいにあった椅子に腰を下ろした。そしてさも当然のように飲み水まで要求してくる。はぁ、待ってよ。あなたが散らかしたところ片付けてからね。
テーブルの下まで潜り込んで、食器のかけらを拾う。あちらもこちらも。結構飛び散ったな。そんな私の目の先に、爆豪の組んだ足があった。分厚いブーツをぶらぶらと揺らしながら、私が片付けるのを待っているようだ。
ズボンの左、脛の辺りが裂けているのが見えたのはその時。血は出ていないから、服だけ引っかけたのだろうか。
「爆豪、ズボン裂けてるよ」
「知っとる。こいつ取って来る時に引っ掛けた」
「縫ったげようか」
テーブルの下から這い出して、向かいの爆豪に伺った。彼も私の方を見る。上等なマント、ジャラジャラとした装飾。普段威厳のためか着飾っている彼のズボンが裂けているのは、なんとなく気になってしまったのだ。
しばらく私の方をじっとねめつけていた爆豪は、勢いよくズボンを下ろし、これまたテーブルに叩きつけてきた。そして一言。
「やれ」
「…はいはい」
命令口調は今更だとして、人前で下着になることに躊躇はないのか。なんて、言い出しっぺの私が今更口出しすることではない。棚から使い慣れた裁縫道具を取り出す。
竜の小間使いとして、使う鞍だって金貨の袋だって自分で作ってきたのだ。これくらいはどうということはない。針に布地と同じ色の糸を通し、ズボンを裏返してほつれた端からすいすいと縫い合わせていく。完全に穴が塞がったのを確認して、ぷつんと糸を切った。表に返してまた確認。遠目から見たら気にならないレベルにはなっただろう。
テーブルの上に肘をつき、裁縫をずっと眺めていた彼の目の前にズボンを差し出した。赤い目が縫い合わせた場所をしげしげと眺めている。あんまり見てるとまた穴があくよ、なんて。
「ズボン、履いたら?」
さすがに焦ったくなってそう言えば、爆豪は素直に従った。その間にさっき要求された飲み水も出してやる。我ながら至れり尽くせりじゃないか?余程喉が渇いていたのか、彼はグラスの水を一気に飲み干した。そして。
「これもやる」
いつものように、赤い宝石のような石を一つ、テーブルに置いた。本当に綺麗な、爆豪の目の色と同じ色。
「〝も〟って、もしかして、この木枝も私宛なの?」
「…気に入らねぇんかよ」
「気にいるいらないの問題じゃないと思うんだよね」
彼の動機も、この大枝の意味も分からないし、彼がそれを話してくれるとも思わない。それきり、何故か変にヘソを曲げてしまったらしい爆豪は、また来た時と同じように唐突に家を出て行った。嵐が過ぎた後には、大木の一部と、割れた食器と、赤い石、そして私が残された。
同日午後、街の薬師の元を訪ねることにした。爆豪が置いていったあの大枝の処分と、材料の調達を兼ねて。街の外れにある古ぼけた佇まいの店に入り、店主の名を呼ぶ。
「緑谷、いるー?」
「はーい」
薄暗い店の奥からぱたぱたと足音を立てて出てきたのは、薬師の緑谷だ。同じ歳ながら、持ち前の探究心で色んな植物や生き物に精通しており、狩りに使う神経毒や傷薬なんかも作っている。爆豪とも知り合いらしいのだが、一緒にいるところはあまり見ないので、詳しくは知らない。
今日も今日とて、彼は不思議な匂いを纏わせている。奥の工房で何かしていたらしい。
「ごめん、今日中に作らなきゃいけない薬があって…!皮なめし用のミモザだよね?」
「うん。場所教えてくれたら自分で取りに行くよ」
「えっと、東の崖の近くなんだけど…分かるかな」
「一本枯れ松のとこ?」
「そうそう…あ!草で隠れてるけど、この間の地震で地面に裂け目が出来てるから気をつけてね」
「わかった、ありがと!…あ、それと、これなんだけど」
私はカゴに詰めてきた大枝をカウンターに乗せた。それを見た緑谷は、目をぱちくりさせたかと思うと、突然飛び上がって叫んだ。
「こ、こ、こ、こ、これ、どこで!?」
「どこって…爆豪が拾ってきたんだけど。くれるとか言って置いてったんだよね、あいつ」
「えっ!?」
緑谷がまた飛び上がる。これは爆豪の名を出したから、条件反射みたいなものだと思う。天敵である爆豪の被害にあわないための防衛反応だ。まぁ、分からなくはない。
大枝を右から、左から見た緑谷は確信を得たように口を開く。
「これ、シライナの木だよ…!南の小島にしかないって言われてて…僕も図鑑でしか見たことなくって、現物は初めてだ…!は、本当に存在したんだ!えっと、シライナはね、50年に一度くらいの周期でしか花をつけないらしいんだ。すごい、本当に花が咲いてる…!特徴はこの白い萼の部分で、あの難病の白移病に効くらしいんだけど、その要素の抽出には軽く一ヶ月はかかるって言われてて…」
「あげるよ、それ」
「はぇ!?」
勢いよく自分だけの世界へ行こうとしていたので、要件を簡潔に伝えた。すごい、緑谷が飛び上がるのこれで三度目だ。
「で、でも、かっちゃんがくれたんだよね!?駄目だよ、そんなの!貰えないよ!」
「難病に効くんでしょ?私じゃ枯らすだけだし。緑谷の方が有効活用してくれそうだし」
「でも…えっと…、ああ…」
それからああ、とかうう、とか呻き声を断続的に発し、正直に手を伸ばしたり、引っ込めたり。良い奴なんだけど、欲がないというかなんというか。爆豪ほどじゃないけど、思い切りは要ると思うよ。彼ほど思い切らなくてもいいけど。
最終的に少しだけドライフラワーにして渡してくれるということで折り合いをつけた。その後もまた自分の世界に入り込んでしまった緑谷を置いて、私は教えられた場所へと向かった。
一面の緑に強い風が吹き付けていく。今日は風が一段と強い。上を見上げれば、竜が何頭か尾をなびかせて空を駆けていった。狩りに出る者たちだろう。天気のいい空を飛ぶのは気持ちがいいだろうなぁ。
「…はぁ」
爽やかな天気のもと、重いため息が出た。竜の小間使いとして狩りに出て、この間も爆豪にダメ出しをされた。私の不注意だから言い返せないところが辛い。銛を刺すタイミングが合わなくて商売道具を失い、当然獲物も逃してしまった。大きな獲物ではなかったけれど、はやく爆豪に認めて欲しいという思いから、どうしても焦ってしまう。そして怒られる。呆れられる。悪循環だ。
「でも…いつもあんなに怒ることないのに。私だって…がんばってるよ」
なんて、うじうじ悩みながら本人に言えない時点で駄目なんだけど。言ってしまって、彼に見放されるのが怖いだなんて。
もう一度空を見る。彼は今日、誰か別の小間使いを乗せているのかもしれない。竜族と小間使いの関係は専属ではない。当然、彼にも乗せる人を選ぶ権利がある。気難しい彼を乗りこなす人などいるものかという思いと、私以外はダメ出しをされていなかったらどうしようという思いが頭をもたげた。
爆豪は当然、私の竜じゃない。そもそも竜に選ばれる権利が与えられているだけなのだ。小間使いの方だって、上手い人の方が竜に選ばれる。稼ぎも多いし、干してない肉だって食べられる。甲斐甲斐しくズボンを縫ったり、水を与えたり、寝床を貸したり、そんなことでは稼ぎは増えないのだから。
今、爆豪が私を乗せてくれているということ自体、ただの気まぐれなのかもしれない。家にたまに来るのだって、理由が分からないのに。
彼はいつも何も言わない。何を思って、私にあの赤い石をくれるのかも、未だに分からない。
そんな感じで、完全に意識は別のところにあった。ミモザを取りに来たことなどすっかり忘れて、風を受けて揺れる草をかき分けてなんとなく足を進めていた。空を飛ぶ時とは違う、地を踏む感触が靴の裏から伝わる。それは自然な感覚だった。そう、人間は竜のように空を飛べない。重力に逆らうこともできない。
「あ、」
次に踏み出した足は地の感触を捉えることはなく、空を切る。そういえば、緑谷が裂け目があるって言ってた。わかったって言ったのに、全然気を付けてなかった。それに気づいた時には既に深い裂け目の中。伸ばした手も、足も、どこにも届かない。青い空が遠のく。視界が暗くなる。
最期だと思ったときに私が思い出したのは、不機嫌そうに眉を顰めた赤い目だった。