となりの爆豪さん

 4 |真夏のヒーローと花火

カランカラン。スーパーの軒先で福引のベルが打ち鳴らされた。そして店員さんの「おめでとうございます、三等です」の声。
「…はい?」
私は素っ頓狂な返しをするので精一杯だった。おかしい、私は残念賞のラップを貰いに福引をしたはずだ。あわよくば五等のタッパーでもいいと思っていたのに、何故か出てきたのはオレンジ色の玉。三等。へぇ。
「はい、ではビール1ケースになります」
「…はぁ」
いやちょっと待って。1ケースて。特売のカットスイカを目当てにこのスーパーに来たのに、これを持って帰らなきゃいけないの?笑顔の店員さんから容赦なく渡された箱の重量に、思わず顔が引き攣った。あの、これ他の景品と交換…できないですよね、ハイ。
並んでいる次の人に場所を譲るべく傍に寄る。次の人は私の目当てだったラップを当てていた。いいなぁ。
思わず深い深いため息も出てくる始末。どうしよう、これ。一応自転車で来てはいたものの、予想外の荷物である。とりあえず荷台に括り付けてみるか。




ジリジリと夏の日差しが照りつける。どこからともなく聞こえる複数の蝉の鳴き声が暑さを助長させている気がする。頼むから静かにしていてくれ。歩道の石は焼けて熱を発し、上からも下からも焼かれているような気分だ。早く帰ってスイカを食べたい。冷たいアイスも食べたい。…冷やしたらこのビールも飲みたい。
ゆっくりと自転車を押して帰路についてはいるものの、やはり不安定だ。後ろのケースが重すぎる。ふらふらとおぼつかない足取りで、なおも歩道を進む。この調子では家に帰る頃にはバテているだろう。でも置いて帰るわけにもいかないし…。
そんな考え事をしながら進んでいたから、自転車が縁石の角に乗り上げてしまった。大きくバランスを崩した自転車は私ごと倒れ、ガシャン!と大きな音がした。
うう、恥ずかしい。運良く怪我はしなかったけれど、辺りの視線はこちらに集中していた。まぁ、見るだけで助けてくれるような人はいないけれど。歩道をゆく人たちは足早に私の傍をすり抜けていく。人を助けるには時間も余裕も必要だからね。私だってこんな所を助けられるのは居た堪れなくなるし、一人でなんとかできますし。などと自分を鼓舞し、自転車のカゴから飛び出したバッグを拾おうと手を伸ばす。
その上にさっと影がかかった。
「危ねぇし、見てらんねぇわ」
私より先に、バッグを拾い上げた人がいた。見上げると赤い目と目が合う。あ、爆豪さんだ。
こんな暑い日でも、彼は全体的に黒いコーディネート。キャップにサングラス、半袖の下からアームカバーまでバッチリ夏対策だった。日焼けしやすい体質なのかな?しかし、何故か爽やかに見えるのだから不思議だ。
「み、見てたんですか。今の」
「あんなヨタヨタしながら歩いてたら見ちまうだろ。何なんだ、このケースはよ」
呆れたように落とされた視線の先、三等の1ケースが自転車とともに転がっている。きつく括り付けたつもりだったが、見事に紐は外れていた。
「あ、いや、買ったんじゃないんですよ。今福引したら当たっちゃって…」
「そりゃ運が良いんだか悪いんだか」
「はは…」
手際良く自転車を引き起こし、バッグもカゴの中へ。私がではない。隣の爆豪さんがやってくれた。というか、気が付いたらもう一通りの手助けを済まされていた。ありがとうを言う間もない。
「あんた、自転車引いてけ。ケースは俺が持つ」
「え、でも。それ重いですよ」
「いいから、はよ進め」
ひょいと空箱のように軽々とケースを拾い上げた爆豪さんは、すたすたと先に行ってしまう。慌ててついていく私は、周りの人たちが何やらザワザワしていたことに全く気付かなかった。




「本当に、ありがとうございました」
「ン」
結局、部屋まで丁寧に運ばれてしまった。そこでやっとお礼は言えたものの、ほとんど付き合わせてしまって申し訳ないやら何やら。
重い荷物を持って来たというのに、爆豪さんはくたびれた様子もなく、丁寧に玄関先にケースを置いてくれる。さすがに暑そうに汗を拭ってはいたけれど。
「ちょ、ちょっと待っててくださいね!」
確か冷蔵庫にミネラルウォーターがひとつ冷やしてあったはずだ。バッグも買ってきたスイカもテーブルの上に投げ置いて、目的のものを冷蔵庫から取り出す。それから、来た時と同じように急いで玄関に戻った。
「これ、よかったらどうぞ!余ってるので」
ペットボトルを差し出すと、爆豪さんはペットボトルを見つめ、一拍置いてから手を伸ばしてきた。いらねぇと突き返されるかもしれないと思っていたので、ほっと胸を撫で下ろす。良かった、受け取ってもらえた。安心したのと同じくらい、それだけ疲労させてしまったことに申し訳なさもあった。
彼がキャップを開け、水を半分ほど煽った。嚥下するたびに喉仏が上下する。男の人の喉ってそんなに動くんだな、と思わずじっと見つめてしまった。いやいや、何見てるんだ私!
「あの、」
「あ?」
「お酒、飲まれます?良かったらこれも貰ってくれませんか?こんなには消費しきれないんで…」
運び込まれたケースを指すと、まぁ飲めっけど、との返事が返ってくる。
「いいんかよ」
「はい、どうぞどうぞ!飲む以外でも、豚の角煮なんか作ると柔らかくて美味しいですよ。あっ、お友達と飲まれるならもっと持っていっても、」
その時、私の声を遮って爆豪さんのスマホが鳴った。小さく私の言葉を制するように手を上げた彼は、迷いなくスマホを取る。口を開くより先に電話の向こうの相手が話し始めたようで、彼は一言も聞き漏らさぬようじっと聞き入っていた。思わずこちらも息を殺してしまうほどに、真剣な顔。そんな通話はものの数秒で終わった。
「…仕事だ。酒は今度貰う」
苦々しく言葉を吐き出した彼の眉間に、深く皺が刻まれていた。短く発せられた言葉に、無言で何度も頷いた。もう通話は終わっているというのに、何故か緊張感に飲まれたのだ。
彼が部屋を出ていく。ドアが閉まりきる前に、私も外へと身を乗り出した。エレベーターへと向かう背に向かって、もう一度声を掛ける。
「本当にありがとうございました!また今度お礼させてください!」
返事はない。その姿は角を曲がり、すぐに見えなくなってしまった。見届けた私はのろのろと玄関を閉める。
呼び出される姿を見るのは初めてではないが、大変な仕事をしているのではないかと思う。そんな貴重な合間に手を貸してくれたのだ。やはり感謝という言葉だけでは足りない気がする。
早く恩返しをしなくては、積もり積もった恩が増えていく一方だ。けれど何を贈ろうかと悩むうちに日付だけが過ぎていく。…とりあえずこの一件のお礼はビールでいいんだろうか。箱を開け、冷蔵庫の空いたところに缶ビールを数本突っ込んで、そこで一息つく。
完全に気の抜けた私がテーブルの上に放置されたスイカに気が付くのは、クーラーで部屋が冷やされた後だった。




「私服のダイナマイトの話、見た!?トレンドのやつ」
「オフなのに通行人を助けるとか、めっちゃ意外だよね。デクとかショートなら分かるけど」
「そうそうそう、そうなのよ!あのダイナマイトが!!」
いや、どのダイナマイトなんだ。ダイナマイトって一人しかいないはずだよね?クーラーの効いたオフィスの中で、いつものように同僚は盛り上がっている。三時休憩、テーブルに置かれたおやつをつまみながら、私はいつも通り話を聞き流していた。いや、聞き流すつもりではあったのだが、以前から少し気になっていた点を彼女たちに聞いてみることにした。
「前から聞いてて疑問なんだけどさ、その人ヒーローなのに人助けしないの?」
私が話に乗ってきたことが意外だったのか、二人とも勢いよく私に視線を移してきた。いや、勢いが怖すぎる。
「あー、そうね。うーん…しないことはないけど、滅多に見ないよね」
「大体足蹴にしたり、怒鳴ったりして、結果的には助かったーって感じで」
「別に好きで助けてるわけじゃなくて、そこにいられると邪魔だから退けてるって感じ?基本的に好き勝手暴れる方だもんね、ダイナマイト」
「ね。個性が個性だし、民間人いると本気出せないし。攻撃する時は手を使うから足癖めちゃくちゃ悪いよね」
「でもダイナマイトに足蹴にされるなら本望かも…」
「わかる。ブーツの足跡つけられたい」
いや、同僚にそんなM性癖を暴露されたら私はどんな顔をすればいいんだ。そしてその人は本当にヒーローなんですか?ヴィランじゃないの?益々人気の理由が分からなくて、頭を捻ることになってしまった。同僚の話からすれば、そのヒーローは民間人を邪魔だと思っていて、足蹴にして蹴散らしていて、結果的にそれが救命になっていると。そんな馬鹿な。ヒーローなら蹴らずに助けてくれ。
どうせ助けられるなら。そう、爆豪さんみたいにさりげなく手を差し伸べてくれる方がいい。昨日、夏の日の下の爆豪さん、すごくカッコよく見えたなとか。あの重さの荷物を担いで、文句の一つも言わないで、颯爽と去ってしまう姿がいいんだよなとか。…ああ、違う。別に爆豪さんはそういうのじゃないよ。本当に。
「…あんたさ、最近顔ゆるゆるだけど、まさか」
「…は?」
思案が表に出ていたのか、同僚に顔が緩んでいることを指摘されてしまった。だから、そういうのしゃないから。ほんと、ただの隣人なんですよ。必死に言い訳を考える。いや、言い訳じゃないよ、何もないんだから。
「こらお前ら、もう休憩は終わりだぞ」
課長がデスクから顔を出して、早く散れと手を振っていた。言い訳を考える必要がなくなってほっとしたが、頭の中にはまだ爆豪さんが浮かんだまま。一度意識してしまうと、考えないようにするのは難しいことだと思い知るのだった。




数日後の夜、私はベランダにいた。毎年恒例となっている隣地区の花火大会。それがこのベランダからよく見えるのだ。現地に行くことなく、のんびりと見ることができるので結構気に入っている。ベランダ用のサンダルを突っ掛け、柵にもたれかかってその時を待った。夏特有のじっとりとした熱気が纏わりつく。
街の灯りはまだどこもかしこも煌々としている。みんな残業なのかな。もうすぐ花火だよ。窓の外を見てみてよ。なんて届かない独り言を呟いた。
七時ぴったり。最初の花火が上がり、真っ赤な大輪が夜空にひらく。鮮やかな赤い色が、煌めきながら溶けるように夜空に消えていく。次は青だった。黄色、橙、緑。
「…ンだ、うるせぇな」
花火の音の隙間から声がした。横を向くと、隣人が部屋から顔を覗かせている。花火と同じ色に照らされて、視界は薄く色づく。
「こんばんは。今日、花火なんですよ」
「あ?あー、…警備があるとか言っとったな」
「それはお仕事で?」
「俺じゃねぇ。この前ピンポンしてた奴ら」
「あ、そうなんですね」
話しながらベランダに出てきた彼は、私と同じように柵にもたれた。一層明るい花火が上がり、私の気も夜空へと向かう。
大輪の色が赤から青へと色が変わった。追って小さな花がぱちぱちと弾けていく。近くでも花火を見ている人たちがいるのだろう、下の方から子供のはしゃぐ声や酔っ払いの笑い声が聞こえてくる。騒がしい階下とは打って変わって、爆豪さんと私は静かに隣り合っていた。
「丁度いいわ。こないだのビール、寄越せ」
ぽつりと隣の彼が言う。私が振り向くと、彼は花火ではなくこちらを向いていた。不意に言われたから理解が追いつかず、しかし彼の手のひらがこちらに受け皿のように差し出されて、ようやくその意図を汲んだ。
「なるほど、名案ですね」
早速室内に戻って冷蔵庫へと向かった。ドアポケットに並んでいる缶を二つピックアップする。二つでは飲み足りないかもしれないが、私の手は二つしかないので仕方がない。指先の冷たさを心地よく感じながら、ベランダへと舞い戻った。
さて、ベランダ越し、隣り合うとはいえ距離はある。どうやって渡そうか。玄関にまわるというのを思い付かなかったのは、爆豪さんはベランダから移動しないと思ったからだ。なんとなく。事実、彼は向こうのベランダで私を待っていた。
「こっちから投げてもいいですか」
「外すんじゃねぇぞ」
「…そんなこと言われたら自信ないです」
「ぶつけるつもりで投げろや」
「余計無理ですっ!」
向こう側に放るだけだ。的に当てるわけじゃないから、なるべく気軽に…。
「ぜってぇ落とさねぇから、はよしろ」
そう、爆豪さんが自信満々に言うものだから。夜の薄明かりの中で、赤い目が真っ直ぐにこちらを見ていたから。彼を信じて私は缶を放った。まぁ案の定、水滴のついた缶は私の指を滑らせてコントロールを狂わせたのだが。
「あっ」
すっぽ抜ける感触とともに、間抜けな声を出してしまった。思ったより遥かに低い軌道で缶は落下していく。確実に向こうのベランダの彼には届かないものと思われた。そんな絶望的な私の目の前で、向こうから伸ばされた腕が容易に缶を掬い上げていった。一瞬の出来事であった。
私があまりのフォローの早さにぽかんとしているうちに、爆豪さんは流れるようにプルタブを押し上げている。
「す、すいません、手が滑りました…」
「あんたトロいかんな。ハナから期待してねぇわ」
直球の物言いに返す言葉もない。そしてやっぱり少し意地悪だ。私も失態を犯してしまった手前、ヤケ気味に蓋を開けてビールを煽った。心地よい冷たさと、じんわりとした苦味が喉を通っていく。
空には次々と花火が打ち上がっていた。アルコールが染みて来るのを感じながら、ぼうっとその光景を眺めていた。私も、そして隣の爆豪さんも。
あまりにも静かさに耐えきれなくなって、話しかけたのは私の方だった。
「今日はお休みだったんですね」
「休みっつーか、徹夜明け」
「えっ」
「さっきまで寝とったわ。煩くて目ェ覚めた」
ああ、静かだったのは眠いからだったんだろうか。またタイミングの悪いことをしてしまった。私が閉口したところに、先を読んだかのように彼が言う。
「別にあんたが煩くて眠れなかったわけじゃねぇ」
「…は、え!?…も、もしかして聞いて、」
「『たまや』なんぞ、今時子供でも言わんだろが」
「聞いてるじゃないですか!!!」
花火の合間になんとなく気分が湧いて、つい口走った声をしっかり拾われてしまったらしい。恥ずかしいにも程がある。またヤケ気味にビール缶に口を付けてから気がついた。空だった。いつもよりペース早く消費してしまったことに、自分でもびっくりしている。
爆豪さんも空になった缶を遊ばせるように手先で振りながら、機嫌よく鼻を鳴らした。
「ま、いいんじゃねーの。平和で」
「そう言うなら黙っといてくださいよ…くそう、もう一本飲みます!」
それから二人とも一本ずつビールを積み増して、それを飲み終わる頃には花火もクライマックス。ドンドンと続けざまに放たれる大輪に向かって、上機嫌で「たまやー!」と叫んだ。爆豪さんは何も言わなかった。言わない代わりに、じっとりと半目で舐めつけられた。多分、呆れていたとは思う。
はしゃいでいたら、いつのまにか九時になっていた。最後の大輪の火がさらさらと夜の闇に消えていく。それを見届けてから、満足して大きく息を吐いた。
「はぁ~、終わっちゃいましたねぇ」
「やっと静かンなったわ」
「あはは、そうですね」
終わりとなれば、楽しかったこの不思議な飲み会もお開きだ。アルコールも入って、大声を出して、きっとよく眠れることだろう。足元に置いてあった空き缶を拾い上げ、隣人におやすみなさいと声をかけて…。
「なぁ、良いモン見せてやろうか」
向こうのベランダから、爆豪さんがそんなことを言った。花火の音がなくなったから、低い声でも鮮明に耳に届く。私は一度瞬きをして、爆豪さんを見た。
「え、何ですか?」
「見とけ」
彼は手のひらを空に向け、こちらに差し出す。何だろう、とそれに近寄っていくと。
ぱちり、ぱちりと火花が散った。お互いの顔を照らすほど明るく、弾ける光が彼の手のひらで踊っている。さっきまで見ていた花火より近く、目と鼻の先で輝く光に私は一瞬で魅了されていた。
「わ、すごい!」
思わず手を叩いて喜んでしまった。それを馬鹿にしたように爆豪さんが「語彙ガキかよ」なんて言って鼻で笑ってきたけれど、すごいものはすごいのだ。いや待って、これスマホで撮りたい。残しておきたい。慌ててスマホを探して視線を逸らした隙に、爆豪さんはその手を収めてしまった。
「サービスはここまでた」
「ええっ!?も、もう一回!ワンモア!」
「うるせー、もうやんねぇ」
そう言うなり、さっさと自分の部屋に入ってしまった。振り向くこともなく。置いていかれた私は身を乗り出して彼を呼んだが、無情にもしっかり施錠する音。あああ、勿体ない。あんなに綺麗だったのに!
名残惜しくベランダから部屋に戻った後も、先ほどの光景に興奮してどきどきしたままだった。花火とは違う、力強い光。手の上であんな光を操るなんて、もしかして。
「爆豪さん、手品師なのかな」
サービスとか言ってたし。あれはお金を取れる技術だった。私でさえ一瞬で魅かれたのだ、ファンも多いに違いない。それを近くで見せてもらったのは、本当にラッキーだった。
…あわよくば、もう一度見てみたいなぁ、とか。いや、今度はちゃんとお金を払います。払わせてください。

(2021/7/27) < PREV▼ TOPNEXT >